今年1月に開催されたミャンマー・ブックフェアに仲間と参加したジャパンジーことミョーミントェー氏(左)=ヤンゴン(髙橋昭雄撮影)【拡大】
彼は積極果敢な営業で外国人の常連客を増やすだけでなく、彼に本を売るミャンマー人たちへのコネクションも広げていった。その中には高名な大臣、学者、軍人、弁護士らが多数いた。そして、シャン民族の文化、コンバウン時代の王宮、ミャンマーのスポーツ史といった研究者の個別課題に応じて次々と適切な本を集めてくるのだった。こうして本を売る側と買う側の需要をマッチングさせるのが非常にうまかった。
◆日本人研究者との縁
特に日本人の常連客が多く、それがジャパンジーの由来になっていると考える人もいるほどだった。日本人客が多いのは、ミャンマー語しか話せない彼と話せる研究者、すなわち自在にミャンマー語を操れる研究者が世界中で日本に最も多いからである。
私の研究にも彼の資料収集能力は大いに役立った。農村研究は、現地に行って村人にインタビューすればよいというのもではなく、ミャンマーの歴史、政策、法律から農業技術や害虫の知識まで膨大なミャンマー語資料を必要とする。調査の前後には、調査地の地誌も読まなくてはならない。普通の書店では見つからない希少な資料を彼は続々と集めてくれた。
英領植民地期の農地問題に関するチッティー・サージョウッと呼ばれる契約文書を収集するプロジェクトを行ったときは本当に助かった。もうそんなに残っていないだろうと思われた19世紀末から20世紀初頭にかけての古い文書を5万枚も集めることができた。まだ分析の途中であるが、当時の農村の様子がだいぶ分かってきた。また現在、ミャンマーで大問題となっている軍や財閥による農地接収問題については、国会のすべての議事録や内部資料を手に入れるべく奔走してくれていたが、これは未完のプロジェクトとなってしまった。