建国の父、アウン・サン将軍の出身地、ナッマウから来たビルマ人労働者たち。男女の区別なく働き、サトウキビの収穫量ではかった歩合制で賃金をもらう。日当換算で、郷里の3倍から4倍は稼げるという(筆者撮影)【拡大】
中国国境に近くて道路が整備されているラオカイやチンシェーホー周辺から始まり、作付地は山塊の奥へ奥へと広がっていった。それにつれて、製糖会社持ちの輸送費がかさむようになり、サトウキビの土地生産性も落ちてきて、国際市場での砂糖価格の低迷も重なって、定額の契約価格でサトウキビを買い上げなければならない中国の製糖会社は、支払いを渋ったり肥料価格を上げたりするようになってきたが、それでもサトウキビ栽培は拡大の様相を見せていた。
◆ビルマ人労働者頼み
また、サトウキビの収穫には大量の労働力が必要であるが、結や手間替わりといった組織的労働力交換の慣習がないため、中国の製糖会社の指導でそのような組織が作られた。しかし、作付面積の多い農民やラオカイへの若者の出稼ぎが多くて労働力が足りない村では、雇用労働力に頼らざるを得ない。そこに入ってきたのが、大量のビルマ人(民族)労働者である。ミャンマー語でインタビューしてみると、彼(彼女)らの出身地のほとんどが、マグエー、ナトージー、ナッマウといった中央乾燥地であった。元来この地域には土地なし労働者が多いうえに、昨今は干魃(かんばつ)が頻発し、農民も出稼ぎに出ざるを得なくなったとのことである。道々で出会う男女の道路作業員も、聞けばこれも中央乾燥地から来たビルマ民族であった。
このような状況の中、サトウキビ収穫の最盛期に内戦が勃発した。サトウキビを売れなくなったコーカンの農民たちの収入はどうなるのだろうか。賃金も帰路も断たれたビルマ人労働者たちの生活はどうなるのだろうか。内戦は多くの人々の生活の糧を奪い、貧困状態に引き戻すことになるであろう。暴力団の縄張り争いのような内戦で最も被害を受けるのは、この地においても、そこで地道に働く名もなき人々である。