プラザ合意から30年を迎え、当時財務官だった大場智満氏と大蔵省国際金融局長だった行天豊雄氏がフジサンケイビジネスアイのインタビューに応じた。(佐久間修志、藤原章裕)
■「重要だったドル安定化」
大場智満元財務官
--なぜ、円高が見込まれたプラザ合意をしたか
「不安定だった基軸通貨のドルの安定が世界経済に重要だったことが一つ。もう一つは日米関係。日本は米国に安全保障を依存することで経済に専念できていた。だが、米国の深刻な貿易赤字の大部分が対日貿易であり、貿易摩擦を解消する必要があった」
--声明の文案策定はスムーズに進んだか
「1985年9月15日、日・米・西独・仏・英の5カ国の蔵相代理がロンドンに集まって、文案を、1日で書き上げた。ただ、蔵相抜きで全部やっては悪いと思って、『ドルを弱くする』とのフレーズや、西独を貿易黒字国として規定する表現、介入問題は、22日の蔵相会合に託した」