
ゲストハウスの部屋の前には、塹壕の中で銃撃戦に備えるミャンマー国軍兵士たちがいた=2015年2月、コーカン自治区コンジャン陸軍基地(筆者撮影)【拡大】
ミャンマー国軍は志願制なので、兵士は不足気味であり、特にゲリラ戦に強いベテランは少ない。一方、軍政期に国防大学(National Defense Academy)は急拡大し、大量の士官候補生を輩出した。末は大臣にもなれるエリートコースであるが、その前に前線で士官と兵士のバランスが悪い部隊を率いて先頭に立って戦わなければならない。コンジャン基地トップの中佐は開戦直後に負傷した。
23日、私が乗った救助ヘリコプターの中は、血だらけの軍人たちで埋め尽くされていた。その中には、尉官の襟章を付けた若者が確かに多く含まれていた。将官までたどり着く者は、文字通り「生き残り」なのである。命を懸けて国のために戦ってきた者が国を支配して何が悪い、というのが彼らの本音なのかもしれない。
それにしても、なぜ、2月9日にこの内戦は始まったのであろうか。世帯の所得源をしつこく追及する私の質問攻めから辛くも逃れた、あの大金持ちの若者はいま何をしているのだろうか。もう少しでコーカン経済の見えざる部分に手が触れられるところまで来たのに、誠に残念でならない。