【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(43) (3/3ページ)

2017.5.19 05:00

焼畑地の中に点在する棚田群。写真上部の町は、チン州の州都ハカ町=2005年12月、ミャンマー・フニャーロン村(筆者撮影)
焼畑地の中に点在する棚田群。写真上部の町は、チン州の州都ハカ町=2005年12月、ミャンマー・フニャーロン村(筆者撮影)【拡大】

 ◆外国へ出稼ぎ

 ここまでは基本的に自給自足の話である。他の医療、教育、耐久消費財などの必需を満たすため、人々は山の動植物を換金していた。だが、人口増や利権を伴う諸規制によってそれらが手に入りにくくなると、人々は出稼ぎに出るようになった。最も近い出稼ぎ先は、チン州から徒歩で行くことができ、言語も共通するインドのミゾラム州である。社会主義期の1960年代後半から盛んになったという。

 いきなり外国に行ったのは、国内に就業機会がなかったからである。ミゾラムでの仕事は農業労働や道路工事であり、それなりの現金収入はあったが、手配師や雇用主にだまされて一文無しで帰ってくることも多かったという。

 そこにミゾラムの10倍は稼げるマレーシアでの工場労働の道が90年代に開かれた。チンの若者は親族や近隣から莫大(ばくだい)な借金をして続々とかの地に渡った。査証(ビザ)を持たない者たちは、強制送還されないように「難民」になった。何年かたって帰国すると、棚田を作り、家畜を飼い、オートバイや不動産を購入して、村の富裕層にのし上がることができた。こうした道筋が彼らとは無関係なところで突然遮断されてしまった今、チンの若者たちは何処へと漂流していくのだろうか。(随時掲載)

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