【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(44) (2/3ページ)

2017.5.26 05:00

焼畑のために草木を伐採する農民。人手が足りないときは労働者を雇うかフローブンという交換労働を行うが、火入れの1日を除き、村を挙げてのいわゆる共同作業は一切ない=2004年12月、ミャンマー・チン州ハカ郡ゾークワ村(筆者撮影)
焼畑のために草木を伐採する農民。人手が足りないときは労働者を雇うかフローブンという交換労働を行うが、火入れの1日を除き、村を挙げてのいわゆる共同作業は一切ない=2004年12月、ミャンマー・チン州ハカ郡ゾークワ村(筆者撮影)【拡大】

 LL村でも30年ほど前に焼畑が村の共有地となったが、くじ引きは行わない。個人が適地を見つけ出して村長に申請し、申請地が重なったときはより貧困な世帯や棚田を保有しない者に優先的に配分される。

 HL村では、30年くらい前は休閑期間が20年であったというが、今は4年耕作10年休閑である。村には生産性の高いチュアローと低いサテックという2種類の焼畑がある。前者は村の草分けの家系にある世帯のみが耕作し、後者は村の共有地で貧困順に配分する。チュアローは世帯内の男子全員が相続してきたが、今は相続できる焼畑が少ないので長男のみの相続となった。

 KJ村でも、古くは個人が適地を見つけて焼畑をしてきたが、やがて共有地化して、3年耕作10年休閑の焼畑に移行した。それでも耕作者の増加に伴い、休閑地の面積が次第に減少し、終にはゼロとなって移動ができなくなり、2004年が最後の焼畑となった。

 ◆私有制から共有制へ

 ここでまず注目されることは、人口圧すなわち土地の希少化に伴う、各村の相続制度の変化である。

 人口希薄で焼畑適地が人口に対して無限とも言えるような時代には、各世帯が勝手に山を焼いて焼畑をしていた。その後、焼畑の希少化に伴い相続制度が変化した。土地が豊富にあれば男女を問わず子供全員に土地を相続させることができたが、やがては男子のみ、そして最後には長男のみとなる。

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