【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(47) (2/3ページ)

ミャンマーに遍在する塊村(住家が不規則な形にかたまった集落)。これを見ると「共同体」を想起しがちだが、内実はそうではない=2013年8月、マンダレー管区域チャウセー郡(筆者撮影)
ミャンマーに遍在する塊村(住家が不規則な形にかたまった集落)。これを見ると「共同体」を想起しがちだが、内実はそうではない=2013年8月、マンダレー管区域チャウセー郡(筆者撮影)【拡大】

 一方、ミャンマーの場合、日本の検地にあたる植民地期の地租査定調査では、村とは無関係なクィン(単位耕作地)が基礎となり、耕地を含む村領域という観念は生成しなかった。よって村は地税徴収の単位とはならなかった。社会主義期(1962~88年)に村請的な制度の導入が試みられたものの、ことごとく失敗し、籾(もみ)米による現物納税(日本の年貢と同じ)は個人の責任に帰された。用水管理に関しても、利害関係者のみが行うことになっており、村に複数の用水路があって、複数の村の農民がこれに関わり、灌漑(かんがい)局の命令と指導に従うことになっているので、村が管理の主体となることはない。またユワミェー(村有地)を持つ村も多少あるが、その管理は少数者に委ねられ、村人がそこからの利益を平等に享受できるわけではない。

 村切りと村請があったこと、水利の基本単位であること、村の共有地があること、およびそれらに伴うさまざまな共同労働があることによって、日本の村は強い凝集性を保つ「共同体」となった。これに対し、ミャンマーの村はそのような歴史的契機を欠いていたのである。

 ◆仏教と精霊

 さらに、日本の村には「村の精神」がある、と社会学者の鈴木栄太郎(1894~1966年)はいう。個人などの意志や関係が村を作るのではなく、村の精神が個人などの意志や関係を鋳出するのである、と述べる。そしてこの村の精神を表象し、村そのものを守護するのが領域神である氏神であり、それを祭る神社である。これに対し、寺は地域や地縁に無関心である。氏子は「共同体」が集団として神社を崇拝し維持するのであるが、檀家(だんか)は各個人が寺院に繋(つな)がることによって相互に繋がるにすぎない。日本において、氏神信仰は「共同体」の宗教であるが、仏教はそうではない。

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