佐藤の発想は欧州の自由陣営のそれと似ていたといえよう。米大統領ジョンソンとの首脳会談でも佐藤は「核の傘」の保証を認めさせている。
67年12月に非核三原則を表明した佐藤は、日本の防衛に米国の核戦力をどのように役立てるかの算段もしていたことになる。
究極の戦いに備えることで、日本の独立と国民の生命を守り、平和を保とうと努めたリーダーだった。
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日本政府は今も、日本の平和と安全を保つには核兵器が必要と考え、それを米国の核戦力で充てる政策をとっている。
自民党政権も民主党政権も、閣議決定した「国家安保戦略」や「防衛大綱」において「核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠」と明記してきたことから、それは分かる。
核兵器禁止条約が7月7日、122カ国の賛成で採択された。核兵器を保有する国は加わっておらず、実効性はない条約だ。日本も参加しなかった。
核兵器禁止条約に同調して、日本が米国の「核の傘」から出てしまえばどうなるか。中国、ロシア、北朝鮮の核兵器の脅威を前に無力極まる存在になりかねない。残念ながら、日本にとってこの条約は、平和に逆行しかねない危うい代物だ。
「平和の祭典」を控えた日本はむしろ、国民を守る「核の傘」あるいは核抑止力の有効性を確保するために、米国と話し合いを進めなければならない立場にある。