「ITの聖地」中国・深セン再び脚光 世界企業の進出続々…日本勢の動きも活発化 (2/4ページ)

深センの秋葉原とも呼ばれる電気街、華強北(ファーチャンベイ)(ジェトロ提供)
深センの秋葉原とも呼ばれる電気街、華強北(ファーチャンベイ)(ジェトロ提供)【拡大】

 もともと小さな漁村だった深セン市が変貌したのは、1980年に経済特区に正式指定され、92年に当時、最高実力者だったトウ小平氏が「南巡講話」と呼ばれる談話で経済開放の加速を促したのがきっかけだ。人件費が安かったため、対岸の香港企業から加工を受託する工場として発展。積極的な外資導入もあり、「世界の工場」へと発展した。

 近年は人件費の高騰で受託加工は衰退したが、スマートフォン市場で米アップルや韓国サムスン電子と肩を並べるファーウェイや通信機器の中興通訊(ZTE)などが深セン市で成長し、電子部品産業が集積。DJIや教育用ロボットメーカーのメイクブロックなどのベンチャー企業も育っている。モノづくりのユニークさに着目し、半導体大手の米クアルコムやアップルもR&D拠点を設立済みだ。

 2016年の深セン市の企業の新規登録件数は38万6704社と前年比約3割も伸び、上海市や北京市を抑えて堂々の首位。人口1人当たり新規登録企業数は上海市の2.6倍、北京市の3倍強にのぼる。

 スピードが強み

 ジェトロは「深セン市の最大の強みは、電子部品を中心としたモノづくり集積を背景にした、部品供給力と製品化までのスピード」(知的財産・イノベーション部)と分析する。シリコンバレーでは1~2年かかる製品化が、深セン市では3~6カ月と短く、部品によっては3分の1の低価格が実現できるという企業の声もあるほどだ。

北京市や上海市に比べて、規制が緩やかなのも特長