それではイタリア社会は、皆が皆、沈痛な面持ちで生活をしているか、といえばそうでもない。
「ライフ・イズ・ビューティフル」という映画がある。1997年、ロベルト・ベニーニ監督は第二次世界大戦中のユダヤ人迫害を題材にした。さまざまな国際映画祭で話題になったヒット作だ。ご覧になった方も少なくないだろう。
ユダヤ系イタリア人の父親・グイドは小さな息子・ジョズエと強制収容所で時を過ごす。人生には希望があることをジョズエに示すために、グイドは「ここの生活はゲームである」と思いこませる。良い子でいれば点数がもらえ、最後には離れ離れになっている母親とも会えるのだ、と。
コメディ俳優のベニーニは、このグイドの役を見事に演じ、どんな苦境にあっても人生は謳歌するに値することを息子に教える。時には観客がイラつくほどに、グイドは陽気であり続ける。
このグイドのような姿を、今のミラノの街中でも見かける。例えば、自宅のベランダからイタリア人なら誰でも馴染みのある曲を歌い、見知らぬ通り過ぎの通行人がベランダを見上げ歌を聴き入る。そして歌が終わると、お世辞ではなく、しっかりと拍手する。
そう、しっかりと。それぞれが自らを鼓舞するかのように。この光景に接したとき、ぼくはベニーニの映画を思い出した。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。