高論卓説

台湾が「避難港」になる日 香港問題、緊張高め世界最大の火種に

 4月25日、台北市内の雑居ビルに香港の地名を冠する「銅鑼灣書店」がオープンした。香港の繁華街・銅鑼灣にあった同書店の店長、林栄基さんが中国当局に拘束されたのは5年前。香港で逃亡犯条例改正の動きがあった昨年、台湾に「亡命」し、クラウドファンディングで資金を集めて、ようやく再出発を果たした。

 とても小さくて、何もない部屋だった。今年1月に私が訪れたとき、林栄基さんは深く腰を曲げて、一生懸命、本棚の配置を床に白いチョークで書き込んでいた。いまテレビで見ると、60平方メートルしかないスペースは、ぎっしり本で埋まっていた。

 林栄基さんは、拘束後に中国で有罪判決を受け、スパイになるよう求められたが、香港に戻って記者会見を開き、拘束の事実を公表した。

 香港の人々の多くは、父母や祖父母の代に中国の戦乱や動乱から逃れてきた人々だ。林栄基さんらの体験は「中国に連れ戻される」という香港人の潜在的な恐怖感を刺激し、大きな反響を呼んだ。そのことが、中国と香港との間の犯人引き渡しなどを定める逃亡犯条例改正に対して反対運動が盛り上がる導火線にもなった。

 開店の後、中国の全国人民代表大会が香港版国家安全法の導入を発表した。その詳細はまだ明らかにされていないが、香港には巨大な不安が広がっている。

 そんな折、突然、蔡英文総統が店に現れた。2人はこんな会話を交わしたという。

 蔡英文「私たち政府は、香港の皆さんに何ができるでしょうか」

 林栄基「台湾政府に助けてほしい香港人はたくさんいます。香港人が台湾に留まれる時間を少しでも長くしてもらえないでしょうか」

 昨年の抗議デモで警察に指名手配されるか、手配される恐れを抱き、隣の台湾に逃げ込んだ香港人の若者たちがいる。国家安全法の香港適用の動きを受け、さらに増えるだろう。林栄基さんは自分と境遇を同じくする彼らを心配している。

 これまで、香港人避難者に対し、台湾はNGO(非政府組織)が住宅や生活費の手助けをしてきた。蔡英文総統は林栄基さんにこう伝えた。

 「政府でも議論を始めました。政府のサポートする力をもっと大きく、レベルアップしたいと思います。行政院にチームをつくってしっかり対処します」

 今後、香港では中国政府の方針に逆らうようなデモや集会は「国家分裂」の企ての恐れがあるとして禁止され、雨傘運動の後に立ち上がった若者たちの政治組織も、活動を封じられる可能性がある。

 かつて中国大陸の人々にとって自由社会への「避難港」だった香港から、今度は、香港人が民主主義を武器に中国と対峙(たいじ)する台湾へ避難するという現実。台湾が彼らをかばえば、中国はそれを台湾批判の理由に加えて、台湾海峡はさらに緊張する。それでも香港の人々は見捨てられない、と台湾社会は考えるだろう。

 「一生本屋でいたい」と語っていた林栄基さん。開店を報じるテレビの映像で笑顔が輝いていた。新型コロナによる外国人の訪問制限が台湾で解かれたら、ぜひ新しい銅鑼灣書店を訪れたい。当分はまだ難しそうだけれども。

 香港問題は米中、そして台湾を巻き込みながら、緊張を高めている。“アフターコロナ”の世界情勢で最大の火種になる恐れがある。台湾での小さな書店の開店を祝いたいが、香港問題の今後を考えれば手放しで喜ぶ気分にはなれない。

                  ◇

【プロフィル】野嶋剛

 のじま・つよし ジャーナリスト。大東文化大学特任教授。朝日新聞で中華圏・アジア報道に長年従事し、シンガポール支局長、台北支局長、中文網編集長などを務め、2016年からフリーに。『ふたつの故宮博物院』『銀輪の巨人 GIANT』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』など著書多数。

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