“安全”を世界に保証できる状況か
だが最近の日本社会では、こうした安全への配慮が軽く考えられがちな気がする。
例えば、今や何事においても「自己責任」の時代だ。「本人が、自分で責任を取る」なら基準を破っても致し方ないと考える人もいるかも知れない。
一見成熟した社会のようだが、そんな考えがまかり通る施設に、ホスピタリィを提供する資格はあるだろうか――。
普段は、温厚で、情に厚い堀さんだが、安全を重視する点については、頑固一徹だった。
ここまで書けば、何を言いたいかおわかりかも知れない。
「お・も・て・な・し」なる殺し文句で、五輪を招致した日本はいま、堀さんが絶対に譲れないと訴えた“安全”を世界に保証できる状況だろうか。
天国の堀さんに叱られないように、いや、「おもてなし」としての五輪の名に恥じないために、われわれは何をどう決断すべきなのか。答えは自ずと見えてくるはずだ。
【真山仁の穿った眼】はこれまで小説を通じて社会への提言を続けてきた真山仁さんが軽快な筆致でつづるコラムです。毎回さまざまな問題に斬り込み、今を生き抜くヒントを紹介します。アーカイブはこちら