疾風勁草

歴史は韻を踏むか 台湾海峡・尖閣諸島周辺の平和状態を維持するために… (1/2ページ)

高井康行
高井康行

世界秩序に挑戦しようとする習近平指導部

 「歴史は繰り返さないが、しばしば、韻を踏む」。これは米国の作家マーク・トウェインの言葉とされている。歴史はそっくりそのまま繰り返すことはないが、よく似た事象はしばしば出現するという意味だろう。要するに、類似事例を含めれば歴史は繰り返すということだが、見方を変えれば、過去の歴史に学べば同じような事象の発生を回避できるということでもある。最近の米中の対立関係を米ソの冷戦になぞらえ、米中の新冷戦という言い方をする向きもある。

 しかし、習近平指導部の中華人民共和国の動きは、米ソ冷戦後に形成された世界秩序に挑戦しようとするもので、その意味では、第1次世界大戦後に形成された世界秩序であるヴェルサイユ体制を覆そうとしたヒトラー政権下のナチスドイツの動きに近い。

 ヒトラーは1933年に政権を握ると、1935年3月には陸軍再建のため徴兵制を敷いたが、これは明らかにヴェルサイユ条約に違反するものであった。しかし、イギリス、フランスは抗議をするにとどまり行動には出なかった。

 1936年3月にはヒトラーはラインラント(ドイツとフランスの中間地帯)に進駐したが、両国はこれを座視した。それを見たヒトラーは、1938年3月にはオーストリアを併合し、同年9月にはチェコスロバキアのズデーテンラントに進駐、翌1939年9月にはポーランドに侵攻し、先の欧州戦争が始まった。

 同時代に生きヒトラーの台頭と破滅を目の当たりにしていた記者ウィリアム・L・シャイラーは、その著「第三帝国の興亡」(東京創元社/松浦伶訳)の中で、ロカルノ条約によれば、フランスは非武装地帯におけるドイツ軍の駐留に対して軍事行動を起こす権利を有しており、その場合イギリスも軍を動員してフランスを援護する義務があった。

 もし、ドイツ軍のラインラント進駐に対しフランスが反撃し、イギリスがそのフランスを援護する義務を果たしていたらドイツ軍は撤退せざるを得ず、そうなっていたらヒトラーは十中八九終わりになっていただろう。

 西欧の2つの民主主義国であるフランスとイギリスは、軍国主義的、侵略的、全体主義的ドイツの台頭を深刻な戦争に至らずに阻止できる最後のチャンスをみすみす逃すことになったと指摘している(「第三帝国の興亡<2>戦争への道」116~127ページ)。

 当然のことであるが、条約や同盟は、その内容が確実に履行されると信じられてこそ意味を持つ。ヒトラーが、イギリスやフランスが条約上の義務を履行すると信じていたら、ラインラント進駐はなかっただろうし、チェコスロバキアへの侵攻もなかっただろう。シャイラーは前著の中で、ドイツ陸軍参謀本部上層部の多くは、ドイツがチェコスロバキアに侵攻すれば、同国と相互援助条約を結んでいるフランスとそれを援助するイギリスの軍事介入は避けられず、そうなればドイツは敗退せざるを得ないと考えていたことを指摘している。

 しかし、ヒトラーはそれまでのイギリス、フランスの融和的な対応から不介入を確信してチェコスロバキア侵攻を企図し、これを推し進めた。これに、イギリスとフランスは宥和政策で応じ、ヒトラーの見通しの正しさを証明することになった。

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