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日本企業のイラク事業に暗雲漂う 商社など悲鳴「中韓勢に対抗できない」
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イラクでの商業活動の国別実績 復興が進むイラクでのインフラ整備事業などをめぐり、日本企業の受注活動に暗雲が漂ってきた。
三菱商事が南部バスラに10月に駐在員事務所を開設、豊田通商もバスラで自動車メンテナンス工場を来春立ち上げるなど、現地での日本企業の動きは活発化している。ところが円借款で民間の復興ビジネスを後押ししてきた政府が、ここに来てイラク支援の主体を民間資金にシフトする意向を示し始め、金融の後ろ盾が大きく細る恐れが出てきた。企業からは「中韓勢に対抗できない」と懸念の声があがっている。
「(日本政府にとって)イラクは支援国から、これからは民間企業が銀行や国際協力銀行(JBIC)の融資を使って関係を強化する時代だ」
今年7月、トルコのイスタンブールで開催された商談会での坂場三男・イラク復興支援等調整担当兼文化交流担当大使(当時、現駐ベルギー大使)の発言に、日本企業の間には当惑が広がった。
商談会は、陸続きの地の利を生かし、トルコ企業と日本企業がスクラムを組んでイラク市場を攻めるという趣旨だったが、坂場氏の発言は、政府の後押しどころか、イラクへの円借款は卒業ともとれる内容だったからだ。
電力、水、原油生産施設、肥料プラントなど、イラクでの潜在的なビジネスチャンスは、アジアで注目のインドネシアのインフラ事業に匹敵する約1400億ドル(約11兆5000億円)規模と試算されており、大手商社やプラントメーカーを中心に、日本企業は復興ビジネスの獲得に目の色を変えている。
中でも多くの地域で1日8時間以上の停電が続く電力の安定供給事業は最大の標的だ。三井物産や三菱重工業などの5社連合は、総事業費約1800億円規模のナシリヤのガス火力発電所(計180万キロワット)の受注を目指すほか、三菱商事も、駐在員事務所が来年から本格化する天然ガスの回収・精製事業や電力案件の発掘に乗り出す。今年3月に日立製作所と共同で、アル・ムサイブ火力発電所の改修機器を受注した豊田通商も水面下で動いている。
当然、巨大なイラクビジネスの商機は韓国や中国の企業も狙っており、国際競争は激化する一方だ。親日国のイラクでは、1970~80年代に日本企業が手がけた電力や肥料プラントが92年からの経済制裁時代を乗り越え、今も稼働するだけに日本勢の技術への信頼は高い。だが、政府のトップ外交と一体となった中韓勢の攻勢は激しい。
実際、電力案件では韓国のSTX重工業が相次ぎ受注し、今年3月には三星エンジニアリングも大規模ガスオイル分離プラントの建設案件を獲得。米ドゥニア・フロンティアコンサルタンツの調査によると、昨年のイラクでの企業の商業活動(投資や事業成約高)で韓国勢はトップの勢い。これに対し、日本勢の商業活動は国別シェアで約1%止まりとお寒い状況だ。
ライバルは中韓だけではない。イラク南部のあるガス火力発電所は4つのプラントすべてが日本製。にもかかわらず出足の遅い日本勢の間隙(かんげき)をぬって、既存プラントの図面すらもたないロシア勢が2、3号機の改修を受注した。
この改修はまだ進んでいないため、日本側はつけいる隙があるとみて、重電メーカーと商社連合が巻き返しに動いているが、円借款など金融支援のめどが立たず、「このままでは社内投資の稟議(りんぎ)すら通らない」(関係者)と頭を抱えている。
イラクでの日本勢の活動では、9月に東洋エンジニアリングの永田雄志会長がシャハリスタニ副首相(元石油相)と会談し、資源開発と関連するインフラ整備の基本計画作りに参画することで基本合意するなど、着実に成果を上げている。
しかし、電力インフラ整備などが本格化しているここで、政府による円借款の後押しを失えば、日本勢は「商機を失いかねない」(大手商社)。
日本政府は03年の支援国会合でイラク復興支援に米国の200億ドルに次ぐ50億ドル(35億ドルが円借款)を表明。昨年11月のマリキ首相来日時にも追加支援の7億5000万ドルを大盤振る舞いしており、来年度以降は民間資金にバトンを渡す意向だ。
ただ、民間資金の呼び水となる頼みの綱のJBICの融資再開には「黄信号」がともる。
原油輸入代金との相殺で焦げ付きリスクを減らことで26年ぶりに融資を再開するアイデアを編みだしたが、円借款より金利負担が増える融資の活用にイラク側は乗り気ではなく、8月以降2回の交渉は難航している。
安全優先の社内規定に縛られ、まだ現地では思うように動けない上に警備コストも膨大というが、日本企業は「それでもやるなら今しかない」と受注獲得にかじを切っており、インフラ輸出を成長戦略に据える政府の金融支援にも“総力戦”の覚悟が求められそうだ。(上原すみ子)