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スパコン「京」で未来先取り! 着実な成果、高性能に舌を巻く研究者ら
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神戸市にあるスーパーコンピューター「京」が昨年9月に本格稼働してから1年がたった。計算速度の世界ランキングはことし6月時点で4位に後退したが、ずばぬけた能力に「未来を先取りできる」と産業界の視線は熱い。高精度なシミュレーションを利用し、自動車の開発や防災などさまざまな分野で着実に成果が出始めている。
理化学研究所と富士通が共同開発した京では現在、100件以上の研究プロジェクトが進む。国家戦略で優先的に割り当てられている計算以外に、一般利用と産業利用の公募には約300件の応募があった。
開発プロセスを変えると期待されているのは自動車の空力シミュレーションだ。
燃費や乗り心地を左右する空気抵抗を調べるため、メーカーは試作車に風を当てて周りの空気の流れを分析する風洞実験を繰り返す。コストが膨大なため、メーカー各社はシミュレーションでの代替を模索しているが、どこまで詳細に再現できるかが課題だった。
大手自動車メーカーなど13社と複数の大学が参加するプロジェクトでは、空気の渦を0.5ミリサイズまで再現。車線変更や車同士が擦れ違う際の複雑な空気の流れも解析できた。
北海道大大学院の坪倉誠准教授は「これまで1年かかった計算が1日で処理できた。通常の実験では測りきれない現実の不規則な動きを捉えられる」と舌を巻く。
防災の分野では海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)が南海トラフ巨大地震の被害予測を進める。
高知市をモデルにしたシミュレーションでは、10万人の市民がどのようなルートで津波から避難していくかを立体地図上に表した。
高台への最短ルートや効率の良い避難誘導の在り方が研究されている。従来は1週間以上かかった計算が最短で数時間に短縮。数年以内には5分に短縮し、地震発生と同時に最適な避難経路を知らせる仕組み作りを目指す。
金田義行プロジェクトリーダーは「将来は他のコンピューターでも被害予測を可能にし、東南アジアなど地震・津波の多い地域に技術を伝えたい」と意気込んでいる。
他にも、心疾患の治療のために心臓の動きを丸ごとシミュレーションで再現したり、直接観察するのが難しいリチウムイオン電池内の化学反応を解明したりするなどの成果が出ている。
スパコンは国の科学技術力の指標とされ、次世代機の研究開発は世界で始まっている。日本では京の100倍の性能を持ち、1秒間に100京回の計算をこなす「エクサ」級のスパコンを2020年ごろに完成させる方針だ。
文部科学省の専門部会の中間報告によると、世界の計算能力の半分を占める米国、ことし6月に世界ランキングで「天河2号」が1位になった中国、さらに欧州もエクサ級の開発に乗り出している。
「株式市場の予測や感染症の拡大など社会的なシミュレーションも可能になるかもしれない」と神戸大の小柳義夫特命教授はエクサ級の計算能力を説明する。
スパコンの開発には幅広いニーズに対応できる環境づくりも課題。現在は京に利用の応募が集中しているうえ、利用者がデータやプログラムを送ってもすぐには計算を始められない「混雑」が問題視されている。
あらゆる分野の研究で効率よくスパコンが使えるようにするため、国はエクサ級以外にも高性能のスパコンを大学や研究機関を中心に整備、更新していく方針だ。
ほかにもスパコンの能力を最大限引き出すためにアプリケーションソフトの開発が必須となる。
理化学研究所計算科学研究機構の平尾公彦機構長は「サイエンスとマシンの両方を理解できる人材の育成が重要だ」と指摘する。
薬のつくり方が変わると手応えを感じているのが製薬業界。病気の原因となるタンパク質に結合して悪い作用を抑える化合物はどれか。無数の組み合わせの中から有効な「ペア」を見つけ出すのが創薬の核となる作業だ。
製薬会社11社と組んで京を利用する京都大大学院薬学研究科の奥野恭史教授は「190億通りの組み合わせを予測したデータベースが完成した。世界最大規模で正答率も高いはずだ」と話す。
候補となる化合物とタンパク質の組み合わせは無数にある。製薬会社は数十万~数百万種類の化合物を目標のタンパク質に投与して結合するかを確かめ、化合物の合成を繰り返して薬をつくる。
動物実験や人での臨床試験を経て1つの薬が出来上がるのに約15年間、約500億円がかかる。
奥野教授らは京で化合物とタンパク質の結合の組み合わせを調べ、大学で2年かかった計算を6時間弱で終えた。
薬の「原石」となる化合物を探す作業をスパコンが代替すれば、1つの薬をつくる期間を1~2年短縮し、数百億円のコスト削減ができるという試算もある。
動物に効果があっても、人には効果がないという失敗が多いのが創薬の問題だが、奥野教授は「効率よく効く薬ができれば値段を抑え、医療費も減らせる」と期待する。
薬の効果についての研究でも新たな進展があった。
薬の効果はタンパク質に化合物が結合する強さに左右される。
大日本住友製薬(大阪市)は、自社のコンピューターでは計算量が膨大すぎて極めて難しかったタンパク質と化合物の結合の強さを京で調べたところ、特定のタンパク質に強く結合する化合物を複数見つけたという。
同社の山崎一人・インシリコ創薬グループマネジャーは「京なら薬の結合後にタンパク質がどう変化するのか、望む効果が出るのかも細かく調べられる」と評価する。
他にも東京大のグループが300種類の化合物を調べ、特定のがんのタンパク質に効く候補を10種類以上見つけるなどの成果も出ている。