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日本車はもっと頑張れ 「間違いだらけのクルマ選び」の徳大寺有恒さん
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消費者目線に立った辛口批評で多くのファンを獲得した『間違いだらけのクルマ選び』シリーズ
クスッと笑えるユーモアが好きでね、大人の文章はいいなあと。
タイトルの一部はその後、ほかの書籍ばかりか一般社会でも使用されるポピュラーなものになった。文明批評も含んだ『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)は、昭和51年に自動車評論家の徳大寺有恒さん(73)が著し、モータリゼーション時代にのりベストセラーとなった。自動車メーカーに、正面切って“注文”をつけた当時の覚悟を振り返ってもらった。(聞き手 伊藤洋一)
昭和50年ごろ、乗用車は頑張れば手に入る消費財になっていた。それに合わせるように、自動車好きのための雑誌が次々に創刊されてね。新車の紹介とか、エンジンなど車の構造を説明したものとか、実際に運転した試乗記もあったな。もちろん面白かったんだが、こっちも車好きだから“自分ならこう書くのにな”と考えていたんだよ。
《タクシー会社を経営していた父親の影響で車好きに。大学卒業後、レーシングドライバーを経て始めたカー用品会社が倒産、3億円の負債を抱えた。借金返済のためタクシー運転手や男性誌への自動車紹介記事を執筆していたが、過労で長期入院。このとき、病床で当時の自動車メーカーの問題点を書き連ねていた》
道路が舗装されていなかった戦後すぐなら、乗り心地が悪くても頑丈な車であればよかった。それが、誰にでも手が届く時代になると、メーカーはユーザーの気を引こう、買わせようと多くの車種を作る。一つのメーカーで90種類もあったからね。ユーザーは何を基準に選べばいいのか迷うはず、と。一方で、ユーザーもメーカーに不満を訴える知識をもたなくちゃダメだと考えていた。
車で最も大事なブレーキの利きが悪いとか、もっと排気量の少ない車種を作れとか、出版の予定もないのに書きためていた。それを知人を介し草思社の加瀬昌男社長(1931~2011年)に見せたら、出版してくれると。メーカーの意向は一切気にしなくていい、とね。
ジャーナリスティックな人だったな。ただ、本名で出版すると雑誌からの執筆依頼が止まることを心配して、お公家さんか剣豪のようなペンネームをつけてくれたんだ。
《51年10月末、『間違いだらけのクルマ選び』が刊行された。車種別の採点表をつけ、時に辛辣(しんらつ)にメーカーを批評する内容が読者の共感を呼び、77万部のベストセラーに。「狭いシートは動く四畳半」など批判は容赦ないが、さりげないユーモアとダンディズムが香り立つ文章は、専門知識がなくても読める名文だ》
子供のころから勉強はほとんどしなかったが、本はよく読んだ。海外の推理小説や冒険小説の翻訳もの…アリステア・マクリーン(『ナヴァロンの要塞』)なんかが好きだった。クスッと笑えるユーモアが好きでね、大人の文章はいいなあと。それと小林彰太郎さん(84)=『カーグラフィック誌』創設者=の上品な試乗記も参考にした。
英国の自動車雑誌も読んでいたから、わりと早い時期に車が環境に与える影響や、次世代の燃料についても書いてきたつもり。わかりやすく、読みやすくを心がけてきた。批判だけだったら、ここまで長く読まれたかどうか。
《消費者の視点に立ち、車を社会、文化の側面から批評する同書はシリーズ化され、累計販売640万部を超えた。平成18年の『最終版』で区切りをつけたが、22年に共著で復活。26年版も年内に出る予定だ》
全盛期に100種類くらいあった自動車雑誌が、今は30種類前後に減ってしまったように、車がビビッドな時代は終わった。若者のクルマ離れが進み、メーカーには難しい時代だが、頭の中やパソコンで考えるのではなく、実際に乗った感覚を大切にしないと、おもしろい車はできないことは確か。
ぼくも試乗する際、“この感覚を文章にしたらどうなるか”を意識してきた。ユーザーの意識も高まり、メーカーに声を届けるようになっている。
それが次の車作りに役立てられる。自分の本が役に立った-とは思わんが、日本車はずいぶんよくなったよ。もっと、もっと頑張ってほしいけどね。