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改良重ね続けた“胸の谷間” トリンプ「天使のブラ」開発秘話

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改良重ね続けた“胸の谷間” トリンプ「天使のブラ」開発秘話

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ブラジャーの国内市場規模は微減傾向を続けている  ≪STORY≫

 女性下着メーカー大手トリンプの看板商品「天使のブラ」が来年3月、発売から20周年を迎える。天使のブラは日本女性の「胸を美しくボリュームアップしたい」というニーズを発掘。「胸の谷間」という言葉を世に定着させた、ロングセラーのブラジャーだ。発売後も下着をめぐる女性の悩みに応え、50回以上も改良を重ねてきた。

 天使のブラが世の女性に知られるようになったのは、発売2年目(1995年)の春夏商品「天使のブラ ウルトラアップ」だ。ブラジャーに取り外し可能な厚手のパッドを入れることで、胸が下支えされて「谷間」がつくられる。当時の女性の間では、「胸を強調したい」という意識が薄かったこともあり、開発段階から社内でも賛否両論だった。

 しかし、発売当初から開発に携わっていたテクニカルイノベーション部長、戸所由美子さん(48)は「男性目線の大きな胸ではなく、『胸を大きく美しく見せたい』という女性自身のニーズがあるはずだ」と考えていた。そこで、パッドを取り外しできるようにして、胸を目立たせたくないときや大きな胸に抵抗のある人でも着用しやすいよう工夫した。

 「もし売れなかったらパッドだけ海に流そう」。最後は当時の社長の“鶴の一声”で発売が決まった。

 結果は大成功だった。「谷間をつくるブラジャー」というコンセプトは広く支持され、95年春夏期の実績は前期比倍増の60万枚を達成。「胸の谷間」という言葉を、美しい胸の象徴として女性自らが使うきっかけとなった。

 発売からこれまでに1700万枚を売り上げたのは、技術改良の積み重ねがあったからだ。

 毎年2回発表される天使のブラの新商品には、機能やデザインで必ず新しい工夫がこらされている。取り外しパッドに始まり、谷間を3段階に調節できる「アップ&クリック」(98年)▽日本女性に多いなで肩でも肩ひもがずれない三角形留め具「デルタマジック」(98年)▽肌への負担を減らすためワイヤの先端を外側に反らせた「NEWエンジェルワイヤー」(2000年)-など、女性の悩みを次々に解消していった。

 ブラジャーの色も発売当時は白、ピンク、ベージュが定番だったが、白と青の組み合わせや緑一色、さらに紺と光る素材を合わせるなど、新たな風を吹き込んだ。ターゲットは28歳を中心に据えているが、20代から40代まで幅広い層から支持を受ける。

 開発には、そのときどきの女性の生の声が反映されている。「アドバイザー」と呼ばれる全国各地の下着売り場の販売担当社員2500人が活躍した。コーポレートコミュニケーション&PR室長の信田広美さん(39)は「アドバイザーは毎月の社内会議に出席し、現場の声を伝えた。『脇はスリムに見せたい』『肩ひもがずり落ちる』などの情報はそのまま商品開発に生かされてきた」と、その役割の重要性を指摘する。

 2000年以降、百貨店などで売られる高級下着や、他業種が販売する低価格商品との競争が激化。業界内では、天使のブラと同等の5000円前後の中間価格帯商品は、大ヒットが難しいとされていた。

 ここで天使のブラは新しい流れをつくる。胸の谷間は保ちながらも、「脇をすっきり見せたい」というスリム志向を、商品開発に取り入れた。04年秋冬商品の「天使のブラ サイドシェーパー」は、脇の部分をすっきり見せることで、体形をスリムに見せるブラジャーの先駆けとなった。

 トリンプは来年3月、20周年を記念した「天使のブラ 極上の谷間」の発売を控えている。立体パッドや脇をすっきり見せる機能などこれまでの技術が集結している。コンセプトは「究極のフィッティング(付け心地)」で、天使のブラの原点である「胸の谷間」も再び前面に出した。

 今年4月に天使のブラのデザイン担当になった、プロダクトデザイン部の小林裕美さん(29)はそこに「天使のブラの『顔』を変えよう」と、刺繍(ししゅう)模様が続いていたデザインにあえて、好みが分かれるとされるプリント柄を採用。アンティークな雰囲気のフラワープリントに赤、オレンジ、緑という来年の流行色を用いるなど新鮮さを吹き込んだ。「リピーターには冒険を味わってもらうと同時に、新たな層も開拓したい」と狙いを話す。これも、アドバイザーから上がった顧客の声が基本にある。

 現在、20~50代女性のブランド認知率が98%という天使のブラ。日本女性にブラジャーの知識を広める役割から、体形の欧米化や、場面に合わせた下着選びといったニーズの多様化に合わせて進化を続けてきた。技術の蓄積と、その根底に流れる「日本女性を美しくしたい」という担当者たちの変わらぬ思いが、時代を超えた根強い支持を集めている。(滝川麻衣子)

 20年の伝統支える組織力

 ≪TEAM≫

 トリンプの看板商品「天使のブラ」の伝統は、技術開発やデザイン、広告宣伝などの部署が支えてきた。

 天使のブラの強みは毎年春夏、秋冬の年2回、新製品に加わる改良や新機能だ。例えば、「胸の谷間」をつくるブラジャーとして一世を風靡(ふうび)した「天使のブラ アップ&クリック」(1998年)は、前面の留め具を「カチ、カチ」と調節することで胸のボリュームを変えられる機能を付けた。20万枚売れればヒットとされる下着市場で、100万枚を達成した。

 当初はおもちゃメーカーと留め具の開発を進めていたが、うまく音が出ずいったんは頓挫。最終的には都内の自動車部品メーカーと組み、強度や安全性を検証しつつ「カチ」を求めて試作を重ね、4年越しで完成させた。技術担当の戸所由美子さんは「視覚にも聴覚にも訴えたかった」と、当時を振り返る。こうした独自技術により、この留め具をはじめ20年間で特許8件、実用新案1件を取得している。

 技術担当者の苦労を社内で目の当たりにしてきたマーケティング担当の信田広美さんは、天使のブラの広告について、「毎シーズン改良される特徴を分かりやすく伝えること」を心がけているという。広告のネーミングでは「天使のブラ」のあとに「ウルトラアップ」(厚手パッドを挿入)、「魔法でスリムに」(上半身を細身に)など、新たな特徴を表す言葉を入れる。広告も一目で新機能が分かるようにモデルのポーズやデザインを工夫する。

 「歴史ある天使のブラの担当になったことは正直、プレッシャーもあった」。プロダクトデザイン部の小林裕美さんは、内示を受けた半年前を振り返りそう話す。20代向けのブランドからの異動だった。

 20周年記念の天使のブラには、これまでの技術開発の蓄積が込められている。小林さんらは、あえて20代に人気のフラワープリントや流行色を取り入れ、技術の伝統を若々しいデザインで包むことで、新たな時代を切り開く。

 売れ筋サイズ 時代とともに変遷

 ≪MARKET≫

 女性用下着の国内市場規模は2012年時点で6715億円とされ(矢野経済研究所調べ)、少子高齢化を背景に01年以降は微減傾向を続けている。

 歴史を遡(さかのぼ)ると日本にブラジャーが登場したのは昭和初期。当時は和装が主流のため、なかなか普及しなかった。戦後は洋装が一般的になり、ブラジャーを着ける女性が一気に増えた。

 胸を含め、女性がスタイルを美しく見せたいとのニーズが顕在化したのは1990年代で、トリンプの「天使のブラ」が市場に投入されたのもこの時期だ。90年代には谷間をつくって、胸の位置を高くするといった機能性ブラジャーでヒットを連発させた。

 2000年代はユニクロなど、従来の下着メーカー以外の大手小売チェーンがブラジャー市場に相次いで参入。低価格競争が激化したこともあって、少子高齢化による市場規模の縮小に拍車をかけたとされる。現在は従来の百貨店や専門店に加え、量販店、インターネットなど販売網も多様化した。売れ筋の価格帯について、トリンプの担当者は「百貨店などの高価格帯と量販店など低価格帯の二極化の傾向がある」と話す。

 ブラジャー市場の変化は販売網に限らない。売れ筋サイズも時代とともに変遷している。日本のブラジャーのサイズを表す規格は国の定めるJIS(日本工業規格)で1980年に定められた。それまでメーカーによってばらばらだったサイズを統一。胸のトップサイズからアンダーバストサイズを引いた数値に応じてAAカップから順番にB、C、D~と決めている。

 トリンプによると、売れ筋のカップの大きさは98年には1位がBカップ、続いてCカップだったのが、2012年には1位がCカップ、続いてDカップと、時代とともに大きくなっているという。日本女性の体形が欧米化したこともあるが「正しいサイズを測定してブラジャーを購入する人が増えたから」とトリンプではみている。

 「正しい胸のサイズを知らない人が多い」というのは下着売り場の定説だが、自分の体にきちんと向き合う傾向が強まったといえるかもしれない。

 ≪FROM WRITER≫

 天使のブラが誕生した90年代でも「胸が大きいのは恥ずかしいこと」という風潮があったとは驚きだ。ただ根底には、かっこいい胸を望む気持ちもあったはず。天使のブラのヒットには、機能性によりそうした女性の潜在ニーズを引き出したことがある。

 身体もファッションの一部として捉える1990年代の女性の行動は、男性目線というより「自分のため」。長らく「おしゃれは我慢」が定説だったが、天使のブラは機能性プラス「付け心地」にこだわる点が、女性主役の商品性を物語る。2000年以降も「肌見せ」や「見せる下着」など、女性が身体を装いとして楽しむ傾向は続く。ただし薄着でも機能性下着で暖かく、下着が見えることすら着こなしにするなど「やせ我慢」をしないのは当たり前。90年代に生まれた女性主役の消費の流れは、さらに強まっている。(滝川麻衣子)

 ≪KEY WORD≫

 天使のブラ

 女性向け下着のトリンプが1994年に発売したブラジャーのブランド名。毎年2回、新モデルを発表している。胸を大きく見せるパッドを入れたり、胸の谷間を強調する調節機能を付けるなど、ブラジャーに機能性を持たせたことで90年代に多くの女性から支持を集めた。

 女性自らが「大きな胸」を前向きに捉える風潮も生んだ。2000年代には脇をすっきり見せる機能も開発し「大きな胸とスリムなシルエット」という、現代女性のニーズに応えるブラジャーとして進化を続けている。14年3月に発売20周年を迎える。同社ではもっともロングセラーのブラジャーで、看板ブランドとなっている。

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