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「性能の日本」vs「安売りの中国」 インド高速鉄道めぐり受注争奪戦

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「性能の日本」vs「安売りの中国」 インド高速鉄道めぐり受注争奪戦

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インドの高速鉄道への採用を競う日本の東海道新幹線の車両「N700系」(下、JR東海提供)、と中国版新幹線の「和諧号」(新華社=共同) 【ビジネス解読】

 中国には絶対負けられない受注争奪戦がインドで勃発している。インド初の高速鉄道プロジェクトをめぐり、新幹線の売り込みで先行する日本に対し、建設費の安さと鉄道に絡んだ魅力的な「おまけ」をセットに中国が売り込み攻勢をかけ、後出しジャンケンかのごとき戦法で勝ちをさらおうとしているのだ。

 勝敗の結果は、後に続く他の新興国などでの受注争いの行方にも影響する。日本経済の将来を担うインフラ設備の輸出拡大を軌道に乗せるため、インドでのキックオフとなる受注は何としてでも勝ち取りたい。官民一体となった総合力と決意が問われる「天王山の戦い」となりそうだ。

 7路線で全土をつなぐ

 「新幹線技術をインドで展開できれば、新しい発展の可能性を発見できるきっかけになる」。JR東日本の冨田哲郎社長は7日の記者会見でこう述べた上で「商社やメーカーとともに、このプロジェクトをぜひ獲得したい」と、インド政府が計画している高速鉄道の受注獲得に並々ならぬ意欲をみせた。

 受注に成功すれば線路や駅の建設だけでなく、関連設備や車両の製造、運行システム、維持管理など幅広い分野で大きな収益が期待できる。日本の鉄道インフラは、安全性の高さや正確な運行を実現するシステムやノウハウで世界の先端を走り、品質面での競争力は高い。日本から海外への輸出は現地生産化の加速や競争力の低下で近年ふるわないだけに、日本経済を牽引(けんいん)する新たな成長産業の有力候補といっても過言ではない。

 インドの高速鉄道は、首都のニューデリーから西部の工業都市アーメダバード、インドの最大都市ムンバイをめぐり、南部のチェンナイと東部のコルカタを経てニューデリーに戻る環状網のルートを、既存鉄道の高速化も含めて7路線に分けて整備し、全土をつなぐという壮大な構想だ。

 このうちJR東日本が新幹線の納入を目指しているのが、モディ首相の出身地でもあるグジャラート州アーメダバードとムンバイを結ぶ約520キロの路線。JR東日本など鉄道事業者10社が出資する日本コンサルタンツ(東京)を中心とする日本の企業連合が2013年12月に事業化調査を受注し、インド側と共同で需要予測や事業費の算出、基本計画の策定を進めており、15年7月ごろまでをめどに結果をまとめることになっている。

 日本勢はこの路線を含めて計3路線で事業化調査を受注している。事業化調査を請け負えば、そのまま事業主体に名を連ねるパターンが少なくない。しかし、日印の共同出資で行っている今回の事業化調査では、日本の新幹線が最適という結論を出すとは限らず、事業の受注は国際的な入札にかけられる可能性が排除できない。

 日本への強い対抗意識

 インドのニューデリーで9月18日、モディ首相と会談した中国の習近平国家主席は、今後5年間でインドに200億ドル(約2兆1500億円)を投資する覚書を結んだ。12分野にわたる覚書の中には、インドの既存鉄道の高速化や新設される高速鉄道について中国が協力することが含まれており、日本への強烈な対抗意識が透けてみえる。会談でモディ首相は「中国の参加を歓迎する」と表明した。

 中国や欧州勢も参入を狙っており、アーメダバード-ムンバイ間を含めた7路線のうち複数の路線で、日中勢がガチンコ対決するのは必至の情勢といっていい。

 中国共産党の機関紙「人民日報」のウェブサイト「人民網日本語版」は今月13日付で、インドを含む東南アジアで中国と日本が高速鉄道の争奪戦を演じていると紹介した上で、北京大学や中国社会科学院の研究者の見方として「価格と戦略の面から考えれば、中国の高速鉄道が日本との競争で優位に立っている」と伝えた。

 その理由は(1)中国の高速鉄道技術は日本に劣っておらず、走行距離と規模、技術や信頼性の面からも遜色ない(2)中国の高速鉄道は材料や人件費のコストが低いため価格が安く、受け入れ側にとって負担が少ない(3)地理や気候などが複雑に異なる広大な土地の中国内で、高速鉄道の建設と運営に成功しており、技術の成熟度と安全性を世界に示している-というものだ。

 安全性には疑問符

 もっとも、中国の高速鉄道といえば11年7月に浙江省温州市で起きた衝突・脱線事故の記憶が今も生々しい。死者40人、負傷者192人とされる甚大な被害を出すとともに、生存者の捜索を早々と打ち切って事故車両をすぐさま高架下に埋めた中国当局の対応に、国外はもちろん中国内からも非難の声が上がる事態を招いた。それだけに「技術の成熟度と安全性」のアピールには大いに疑問符がつく。

 ただ、価格が安いのは紛れもない事実。性能面では日本の新幹線が優位とみられるが、中国の高速鉄道は建設コストが新幹線の半分から3分の1で済むとされる。さらに中国は物々交換の離れ業も繰り出している。タイとの間で13年10月に調印した高速鉄道の覚書では、タイのコメを建設費の支払いに充てることを盛り込んだのだ。

 実績も上げつつある。今年7月には中国企業が初めて海外で建設を請け負ったトルコのアンカラとイスタンブールを結ぶ高速鉄道の第2期工事分の区間が開通した。さらにルーマニア、ハンガリー、マケドニアとの間で高速鉄道をめぐる協力や事業への参画、車両の納入などに取り組んでおり、人民網日本語版によれば「南米、サウジアラビア、ロシアなどで高速鉄道プロジェクトに参与し、入札参加を計画している」という。

 インドの高速鉄道計画をめぐり、中国側は費用の全額を負担して新たな事業化調査を乗り出す構えと伝えられている。さらに高速鉄道の運行技術をはじめ、車両製造、鉄道システムの整備に関するノウハウを移転する「鉄道大学」をインドに設置するという。しかも、国内の製造業振興を目指すモディ首相の方針を踏まえ、将来的には鉄道関連の製造・開発拠点を現地化することも中国はパッケージとして示す考えのようだ。

 切り札はメンテナンス

 事業化調査で日本が中国に先行した有利さは「もはや絶対ではなくなっている」(業界関係者)。それでも、JR東日本の冨田社長は受注に自信をみせる。「日本の新幹線は30年、40年使う間のメンテナンスを含めると決して高くない」と反論。

 「世界の中でも日本の鉄道会社はオペレーションやメンテナンスの面で非常に優れており、そうした力を切り札にして国際競争を勝ち抜きたい」と一歩も引かない構えだ。

 日本政府もインドとの関係強化を重視しており、安倍晋三首相は来日したモディ首相と9月1日に首脳会談を行い、インドに今後5年間で3兆5000億円を投融資し、進出企業数を倍増させる共同声明を発表した。

 また、インド鉄道省の幹部らを日本に招き、新幹線の運行状況を実際に見てもらうといった取り組みも官民が連携して既に行っている。さらに、鉄道などの大型プロジェクトでは「資金調達面で政府系金融機関の支援をパッケージにできるのが日本の強みの一つ」(商社関係者)となる。

 4月にはJR東日本、東海、西日本、九州の4社やメーカーなどが参加する「国際高速鉄道協会」を設立し、理事長に元国土交通事務次官が就くなど、官民一体で新幹線を売り込む態勢も整えた。

 ただ、習国家主席と李克強首相が手分けし、世界各国へのトップセールス攻勢を掛けるなど国を挙げて取り組む中国は手ごわい。資金面でも国有銀行が低利資金で支援する体制を整えており、日本に引けを取らない。

 技術移転や教育で協力を

 では、日本はどうすればインドの高速鉄道プロジェクトを受注できるのか。JR東日本の冨田社長が言うように、東海道新幹線の開業以来、半世紀の間に培ってきたノウハウや安全性の実績をアピールして、その重要性をインド側に理解してもらう努力がまず欠かせない。

 さらに車両製造などの技術移転についても、守るべき根幹的な部分は別にしながら、インド側の要望に可能なかぎり応じて供与するという決断も迫られるだろう。インドの鉄道は事故や遅延が頻発することでも知られており、運行に携わる鉄道職員の教育への全面的な協力も惜しんではならない。

 東南アジアではインドネシアやシンガポール-マレーシア間でも高速鉄道が計画され、米国やロシアなど先進国でもプロジェクトが控えるなど高速鉄道は巨大市場化しつつある。日本企業、ひいては日本経済の復活に貢献が期待できる分野といっていい。世界の高速鉄道プロジェクトを本気で獲得するには、政府が政策的な対応をさらに強化することも必要となる。

 消えない中国の「パクリ」疑惑

 そもそも中国の高速鉄道技術は、日本やドイツから取り入れた技術を土台にしている。中国側は「改良した独自技術」と主張するものの、お得意の「パクリ」疑惑が消えない代物だ。

 そんな中国に「本家」の日本が負けるわけにはいかない。インドでの受注に成功すれば、三菱重工業や川崎重工業などの日本企業連合が請け負い、07年に開業した台湾の高速鉄道以来、2例目の新幹線輸出となる。

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