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ディオバン問題、名郷院長に聞く 臨床研究の重要性、もっと理解を
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「血圧の薬は血圧を下げれば良いわけではない。大事なのは脳卒中などの合併症を減らし、最終的に長生きできるかどうか」と話す名郷直樹院長(三尾郁恵撮影) 高血圧治療薬「ディオバン」に関する論文不正問題で、東京地検特捜部が先月、薬事法違反(誇大広告)容疑で強制捜査に乗り出した。ディオバンをめぐる臨床研究の不備を最初の論文発表時から指摘してきた臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)理事で、武蔵国分寺公園クリニックの名郷直樹院長に話を聞いた。(平沢裕子)
--東京慈恵会医大が実施した臨床研究の論文は2007年、世界的に権威のある医学誌『ランセット』に載った。掲載は優れた論文だからでは?
掲載論文の全てが優れているとは限らない。あの論文には「客観性に乏しく、医師のさじ加減で決まる『入院(狭心症と心不全)』で治療効果を検討しており、結果は限定的なものでしかない」と編集者による断り書きがあった。ランセットは論文掲載ページを別刷りでも販売しており、出版社の大きな収入源になっているという。ディオバンをめぐっては製薬会社と医師との利益相反ばかりが言われるが、論文を載せたい研究者・製薬会社と出版社との利益相反がどうだったのかも知りたいところだ。
--論文捏造(ねつぞう)の疑いを持ったのはいつか
掲載から2年後ぐらい。私は大学で学生にEBM(根拠に基づく医療)について教えているが、授業のためにこの論文の基となる研究デザインについて調べたら発表論文と違うことが書いてあった。当時の著書に「日本の臨床試験の歴史に残る事件ではないか」と書いたが、関心を持った人はほとんどいなかった。
--高血圧治療が専門の日本高血圧学会も?
日本の学会の偉い人たちは基本的には基礎医学者。ディオバンは動物実験や試験管内では良いデータがたくさん出ている。基礎医学の人たちは「実験でこれだけ良いんだから、ヒトでも良い結果が出るに違いない」と考えてしまう。
--基礎研究で良い結果が出れば、臨床でも同じような結果が出ると考えるのは普通ではないか
実際に臨床でやってみないと分からないことが多い。ただ、それが分かってきたのは最近のこと。エポックメーキングとなったのは、不整脈治療薬が不整脈を減らしたにもかかわらずかえって突然死を増やすことを示した米国のCAST研究。1989年実施のこの研究以降、不整脈を減らす研究ではなく、突然死を減らすかどうかの臨床研究を重視しようという流れに変わった。でも、日本ではいまだに基礎研究だけで完結したかのように考える臨床医も多い。医師だけでなく、社会全体が臨床研究の重要性をもっと理解する必要がある。
--ディオバンの治療効果についてはどう思う
悪い薬ではない。問題は値段が高いこと。ディオバンと同じ種類のアンジオテンシン受容体拮抗(きっこう)薬(ARB)は降圧剤の中で値段が最も高い。ARBの中ではディオバンは後発なので安いが、問題発覚後、ディオバンより値段が高い別のARBに切り替えられた人が多かった。これも大きな問題だ。降圧剤にはさまざまな種類があり、ARBと同等の効果があって値段がはるかに安い薬がたくさんあることを知ってほしい。
--薬を処方するのは医師。特に開業医の先生に心掛けてほしいことは
論文を読めるようにトレーニングしてほしい。その機会は既にいろいろある。今回のような問題は開業医が日々論文をチェックしていれば起きなかったと思う。
--患者さんには
薬について疑問があったら医師に聞いてみてほしい。多くの医師はその場で分からなくても調べて教えてくれるはずだ。疑問に思うことは何でも相談して納得したうえで治療を受けてほしい。
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ディオバンは製薬会社「ノバルティスファーマ」が平成12年から日本で販売する高血圧治療薬で、一般名はバルサルタン。京都府立医大や東京慈恵会医大など5大学が実施した他の薬と治療効果を比較するための臨床試験に、ノバルティスの社員が関与していたことや論文に不正なデータ操作があったことが昨年、発覚した。今年1月、厚生労働省が薬事法違反容疑でノバルティス社と社員を東京地検に刑事告発していた。