SankeiBiz for mobile

ドラクエの名言「おお、○○よ。死んでしまうとは何事だ」はギャグだった

ニュースカテゴリ:暮らしの仕事・キャリア

ドラクエの名言「おお、○○よ。死んでしまうとは何事だ」はギャグだった

更新

「ゲームデザイナーは皆に楽しさを与えるエンターテイナー」と語る堀井雄二さん=東京都新宿区 【ドラクエ生みの親(1)】堀井雄二さん

 国内外で累計出荷6400万本を誇るテレビゲーム「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)シリーズの生みの親として知られるゲームデザイナー、堀井雄二さん(61)。

 家庭用ゲーム機の創成期からゲーム界を牽引(けんいん)し、今春発売のシリーズ最新作「ドラゴンクエストヒーローズ 闇竜と世界樹の城」は品薄状態が続くなど、勢いは衰えることを知らない。創作意欲はどこからくるのか。半生を振り返ってゲームに対する思いをうかがった。(聞き手 三宅令)

 --ドラゴンクエストを開発したきっかけは

 堀井 昭和50年代の後半、家庭用のコンピューターで、RPG(ロールプレーイングゲーム)が流行していました。それを任天堂が発売したファミリーコンピュータ(ファミコン)で作りたいと思ったんです。

 RPGではキャラクターが成長し、プレーヤーが感情移入しやすいんです。一番の遊びは違う人生を体感すること。映画にしても主人公に感情移入して、なりきることもありますよね。

 --昭和61年発売のドラクエ1作目には悪者を倒してお姫様を助けるというストーリーがあります

 堀井 漫画家志望だったので、RPGにお話を乗っければ面白いのでは、と思いました。もともとRPGはパソコンで楽しむもの。ファミコンソフトでは容量が少なかった。単純にキャラクターが強くなるだけでも面白いのですが、さらにストーリーが存在し、強くなる過程を楽しむようなゲームにしたかった。

 --初のファミコン用RPG。工夫した点は?

 堀井 当時、初めてRPGを経験するプレーヤーがほとんどだったと思います。僕は説明書を読まない人間なので、説明書を読まなくてもできるように、ゲーム中の最初の場面が終わるころには、自然にシステムや目的をすべて把握できるようにしました。

 主人公の名前を自分でつけますね。最初に出会うキャラクターの王様が「おお、○○よ」と名前を呼びかけてくれる。当時はすごく新鮮だったと思います。

 --ゲーム内で死んでもゲームオーバーにならないのも斬新でした

 堀井 「おお、○○よ。死んでしまうとは何事だ」と、怒られるだけ。今まで積み重ねてきたものを失って、死んでしまうのはさみしい。あれは一種のギャグなんです。それくらい軽くないと、おもしろくないでしょう。

 --ゲームデザイナーという職業をどう思いますか

 堀井 皆に楽しさを与えるエンターテイナーだと思っています。もともと漫画家になりたかったのですが、コンピューターに目覚め、そのインタラクティブ(双方向)性を使い、物語を書いていこうと思いました。それが僕のドラクエなんです。セリフだけで話が進みます。

 --1作目の発売からもうすぐ30年を迎えます

 堀井 こんなに長く続くとは思っていなかった。大ヒットした3作目までに2年しか掛ってない。そこから28年か。長いですよ。

 ■ほりい・ゆうじ 昭和29年、兵庫県洲本市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、フリーライターとして活躍。自作のパソコンゲームが、ゲームメーカー「エニックス」(現スクウェア・エニックス)に認められ、ゲームデザイナーの道に進み、以後『ポートピア連続殺人事件』や『ドラゴンクエスト』シリーズなどを手掛ける。

ランキング