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政治
7年後、首相の座にいるのは…
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2020年夏季五輪の東京開催が決まり、7年後の自らの姿を思い浮かべた人は少なくないだろう。
国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京五輪を勝ち取った直後、安倍晋三首相はブエノスアイレスから出演したテレビ番組で「7年後」を尋ねられ、笑顔で答えた。
「選手として出ているということはないと思います」
こうかわした首相が、長期政権への足がかりを得たと考えても不思議ではない。首相が最初に政権を取ったのはちょうど7年前の06年9月。第1次安倍内閣の退陣、自民党の野党転落を経て首相に返り咲き、五輪開催を射止めるとは予想しなかったはずだ。
アベノミクス、集団的自衛権の行使容認、そして憲法改正と、腰を据えて取り組まないといけない重要課題は山ほどある。7年後も首相官邸の主が安倍首相である可能性もゼロではない。
ちなみに、歴代首相の最長在任記録は、日露戦争を勝利に導いた桂太郎の7年11カ月だが、西園寺公望(さいおんじ・きんもち)と交互に政権を担う「桂園時代」のため、連続在任では第2位の佐藤栄作の7年8カ月が最長。第3位は伊藤博文の7年5カ月で、いずれも安倍首相と同じ山口出身であるというところが興味深い。
政権が順風満帆であることが影響しているのか、IOC総会の招致演説で、首相は前回1964年東京五輪の底抜けに明るい情景を紹介した。
「目を閉じると、鮮やかにあの開会式の光景がよみがえります。数千羽の鳩がいっぺんに大空に解き放たれ、澄み渡った青空に5機のジェット機がオリンピックの五輪を描いたのです。本当に私は驚き、素晴らしいと思いました」
10歳で東京五輪を経験し、大学でアーチェリーを始めたのも、72年のミュンヘン五輪で正式種目に復活した影響だったとも明かした。青空といい、的を射止めるアーチェリーというスポーツといい、「未来」を感じさせる演説だった。
安倍首相の招致演説が始まる数時間前、野田佳彦前首相は地元・千葉県船橋市で講演し、59年前の五輪に触れた。
「体操の女王チャスラフスカ、マラソンのアベベ、東洋の魔女の活躍を鮮明に記憶している。もう一回、日本にチャンスがあればなあ。日本の力強い復興の姿をお見せする機会に、ぜひしたい」
最近はプロレス専門誌の表紙を飾ったくらいで、メディアへの露出を控えている。野田氏が「2つの東京五輪」について何を語るのか聞きに行った。
「東京タワーができ、東京五輪が始まった頃が、自分の幼少期です。貧しいが、希望を持てる時代だった。平成生まれの若者たち、子供たちは今日より明日が良くなるという希望を持っていない」
そして、社会保障・税一体改革の重要性を説き、「金利が跳ね上がるリスクを冒したら、順風満帆な安倍丸の船底をけ破ることになる」と、消費税増税を促した。首相に比べると地味な演説だが、「7年後」とその先に向け社会保障制度改革が必要なことも事実だ。
「私は95代の首相だった。初代の伊藤博文さんは4回、首相になっています。複数回、首相をやった人は安倍さんを含めて何人もいます」
あえてこんなことを口にしたところを見ると、野田氏もまた再登板と「7年後」に希望を持っているのではないか。
講演の後、船橋の居酒屋で招致演説を聞くためテレビのチャンネルを変えてほしいと頼むと、オヤジに「安倍の顔など見たくない」と断られた。さすが前首相の地元である。さて7年後、首相の椅子に座っているのは誰だろう。(加納宏幸/SANKEI EXPRESS)