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政治
不毛な「地球の裏側」論争
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小学生の頃、学研の学習漫画「ひみつ」シリーズが大好きだった。繰り返し読んだ「できるできないのひみつ」では、地球を貫通する穴を使って、アルゼンチンに荷物を届けることができるのかという疑問に答えてくれた。
こんな古い漫画のエピソードを思い出したのは、集団的自衛権の行使容認をめぐる議論で「地球の裏側」という言葉が出てきたからだ。
「地球の裏側まで行って米国と一緒に戦争するのか」
憲法改正も集団的自衛権の行使も認めない「一国平和主義」陣営がこんなプロパガンダを持ち出すのは想定の範囲内だったが、政府・与党の中でも大真面目な論争になったのには驚かされた。
発端は防衛省出身の高見沢将林(のぶしげ)官房副長官補が9月19日に自民党の部会で発した一言だった。
「あらかじめ具体的な状況が分からないのに、『地球の裏側に行けない』という性格ではない」
この発言が波紋を広げ、翌20日には、小野寺五典(いつのり)防衛相が記者会見で「地球の裏側を想定しているわけではない」と、“否定”した。
最近、めっきりメディアでお見受けしない生活の党の小沢一郎代表も9月22日、元気に参戦した。
「地球の裏側だろうが、月だろうがどこでもいいんだけども、そういう議論がおかしいっちゅうんだよ。日本が攻撃を受けたときに、当然の権利として自衛権の発動があり、個別的も集団的も両方含む。だけど、他の国のことに関しては、国連を通じての平和活動だ」
論争にひとまずの決着を付けたのは安倍晋三首相だった。訪問先の米ニューヨークで9月24日、「さまざまな場所でテロが発生し、日本人はいろいろな場所で活躍している。かつてのような地理的概念はなくなっている。『地球の裏側』という考え方はしない」と述べた。
そもそも、「地球の裏側」とはどう定義したらいいのか。アルゼンチンやブラジルは日本から見れば間違いなく裏側だが、ハワイはどうか、アルジェリアはどうか、オーストラリアはどうか、イギリスはどうか…と、切りもない。
1998年、外務省の高野紀元(としゆき)北米局長(当時)は、前年に決められた新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)が規定する「周辺事態」について、「極東および極東の周辺を概念的に超えることはない」と国会で答弁した。
日本の「周辺」にある中国は反発した。かつて外務省中国課にいた当時の加藤紘一(こういち)元自民党幹事長も力を持っていた。そして、高野氏は更迭される。
このときにも安倍首相がいう「地理的概念ではない」の論理が持ち出された。99年1月の衆院予算委員会で高村正彦外相(当時)は「周辺」の定義についてこう答弁した。
「あらかじめ一定の地域を明示できるような意味での地理的概念ではないが、地理的要素を全く含まないと言っているのではない」
「周辺」が地理的概念でないのはおかしいと思われるかもしれないが、新聞用語でも「首相周辺」という言葉を使うことがある。物理的に近くにいなくても、人間的な関係の深さで「周辺」という。
ところで、「できるできないのひみつ」では、どんなことでも実行に移してしまう性格のやっ太君と、「できっこないす」が口癖の外国人、デキッコナイス君の掛け合いが面白かった。だが、集団的自衛権の行使を「できる!」「できっこないす!」という不毛な議論をしている日本の隙をうかがっている国があることを忘れてはならない。(加納宏幸/SANKEI EXPRESS)