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美術品の間近で食す「元祖」しゃぶしゃぶ 十二段家本店
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湯気に包まれる牛肉のしゃぶしゃぶ。「美食の世界」へ誘い、食をそそられる
≪味を落とさず、価格は抑える≫
観光客らで年中、にぎわいをみせる祇園・花見小路通。少し脇に入ると、閑静な住宅街の雰囲気のなか、古めかしく重厚な日本家屋が目に入る。牛肉しゃぶしゃぶを日本で初めて発案したという十二段家本店だ。築約150年という店内は、お茶屋さんを改装したシックな造り。何より興味を引かれるのは、各座敷にさりげなく飾られている板画家、棟方志功(1903~75年)らの作品の数々。単なる調度品として、ごく普通に並ぶ作品の息づかいが聞こえてきそうな空間で味わう料理は、悠久の歴史ロマンの世界へ誘ってくれる。
花見小路通のにぎわいが嘘のような閑静にたたずむ十二段家本店。歴史の重みを感じさせる日本家屋の格子戸を開ける。靴を脱ぎ、人ひとりがやっと通れるほどの幅の急な階段を上がる。案内された和風の個室には、素人目にも趣があると分かる調度品がところ狭しと飾られていた。
聞けば、著名な陶芸家、河井寛次郎(1890~1966年)や棟方志功らの作品。ガラスケースに入るでもなく、ごく普通に手に取る近さで眺められる。美術館と違い、それぞれの作品の息づかいを肌感覚で感じられる。
盗難被害や損傷などが心配されるが、3代目の西垣隆光さん(73)は「過去には盗まれたこともありました」と笑うだけで、特に気に留めていない様子。料理だけでなく、店舗全体の雰囲気を大切にする「京都の老舗の奥深さ」とみた。
名物のしゃぶしゃぶ料理をお願いする。厳選素材の本来の味わいを大切にしているといい、一見、地味だが「味を落とさないようにしながら、価格は抑える。サービス、奉仕の心でしょうか」と西垣さん。
自信作の銅鍋へのこだわりはもちろん、ゴマだれに使うゴマを直前に調理するなど「見えない気配り」にも手を抜かない。
もともと「牛肉の水炊き」として提供していたそうだが、評判の広がりとともに徐々に「しゃぶしゃぶ」の名が世間に定着してきたこともあり、それに合わせたとのこと。
しかし、この食べ方を日本で初めて考案したというプライドにこだわらない接客第一の精神が素晴らしい。歴代の主人が培ってきた「お・こ・し・や・す」のスタンスを随所に感じ、料理の味の深みがいっそう増すようだった。
伝統調味の割り下で下味を整えた「焼きにこだわる」すき焼きコースも人気。記者はお手軽なすき焼き弁当をいただいたが、「甘みを抑えた上品な味」は、上質の牛肉とマッチし、意外なほどあっさりした食感で、箸を休める暇もなく平らげた。お昼のメニューだが、本格的なしゃぶしゃぶ、すき焼きコースの入門編といったところか。
ユニークな店名の由来は歌舞伎好きだった初代にあるとのこと。有名な「忠臣蔵」は演目が十一段目まであり、「店舗にほど近い南座で歌舞伎を観劇したあとの十二段目は、当店で」との思いだったとか。
魅力は数多いが、やはり“開放された美術館”のなかで楽しめる究極の食事に勝るものはない。初代は大阪・難波で書店を営み、多くの文化人らと親交があったという。さらに、戦後は吉田茂(1878~1967年)ら著名な政治家も会合の場として利用していたという逸話もある。
京都には歴史の舞台となった場所は数多くある。大正創業は「ひよっこ」のようなものかも知れない。でもそう感じさせない雰囲気が伝わってきた。
時代を重ねた家屋とともに歩んできた調度品の数々。そして何より、伝統継承のため、家族総出で店を切り盛りする姿が、鍋料理以上に心を温めてくれた…。( 文:西村力/撮影:安元雄太/SANKEI EXPRESS)