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社会
食材偽装 事業者批判では解決できず 渡辺武達
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昨今のメディア最大の話題といえば、底なしの様相を呈している食材偽装問題だろう。有名ホテルや百貨店のレストランなどのメニューに書かれた「客寄せ」の食材が、実際にははるかに安い模造品(もどき)であったのだから、これはもう社会常識的にも、辞書的定義に照らしても「詐欺」そのものである。メニューは不特定多数に向けての公開メッセージだから、発信者にその内容について責任があることに疑いはない。つまり情報発信の形式としては、マスメディアと同様であり、本欄で取り上げないわけにはいかない。
報道によれば、某ホテルチェーンはオーストラリア産牛肉に和牛の脂身を打ち込んだ「成形肉」をステーキとして供し、輸入した冷凍保存ジュースを「フレッシュ」と称していた。某有名料亭では、キャビア(チョウザメの卵)と銘打って、黒く着色したダンゴフィッシュの卵を使っていた。ホンモノなら1瓶1万2000円だが、わずか840円で仕入れていたという。
政府はこうした「詐欺行為」から消費者を守る組織として消費者庁を設置し、食品安全担当の内閣府特命担当相や消費者行政推進担当相なども任命している。また消費者の敵を取り締まる法律も、刑法(詐欺罪)のほか、食品安全基本法や食品衛生法、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)、不正競争防止法、景表法(不当景品類及び不当表示防止法)、消費者基本法など数多くある。違反が露見すれば、事業者は確実に信頼を失い、悪質なケースでは逮捕される場合もある。
今回の事例の多くは、実際よりも質が高い食材であるかのように装う「優良誤認」型だ。これらの偽装問題は概して、事業者側が正当なビジネスよりもはるかに大きな利益を得ようと意図して起きる。競争の激しい現在の自由主義市場では、事業者を取り締まっても簡単には根絶できない。実際、倫理的に事業者を批判するだけでは解決できない面がある。
ちなみに筆者の個人的体験だが、アラスカの空港のキャビアコーナーで、瓶詰めのランプフィッシュ着色卵をホンモノの5分の1ほどの値段で買ったことがある。その瓶にはちゃんと「EGGS OF LAMP FISH」とのラベルが貼ってあった。だから日本の法律でいう不当に客を誘導する「優良誤認」の禁止に違反するものではない。ただ、英語の読めない人はだまされる。卵はホンモノほど大きくなく、味もホンモノ特有の「まったりさ」がなく値段相応でしかなかった。だが、ホンモノを知らなければ、比べようもない。
大学のゼミで、この食材偽装問題を取り上げたのだが、驚いたことに、心の底から怒っている学生が一人もおらず、「ファミレスでも、そんな値段で黒毛和牛が食べられるわけがない」「お客が満足していればそれでよい」といった意見が目立った。「自分は気にしないが、母はスーパーでの買い物で産地を確認している」という声もあった。
そもそも現在の学生たちの多くは、高価なブランド品だけを価値評価せず、コピー商品で事足りると考えているようなのだ。
つまり、次代を担う若者たちの多くが気にしていない問題でメディアが騒いでいることになる。しかも学生たちですらうすうす気づいていたことを、メディアが今回初めてその実態を知ったかのように報じているわけだ。
今日のように、激しい競争にさらされ、少しでも安いものを供給することが求められるグローバル経済の下では、「産消提携」(生産者と消費者の提携)や「地産地消」(地域の産物を地域で消費すること)を実現するのは容易ではない。
一方で、消費者が諦めてしまい、真相を追及しようとしない現代の風潮が、事業者の偽装を助長している面もある。メディアは、こうした社会全体の「偽装化構造」に警鐘を鳴らすべきだろう。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)