ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
トレンド
娘とケンカしますが、それも『取材』 「失敗屋ファーザー」放送作家 樋口卓治さん
更新
父と娘の愛情物語をユーモアたっぷりに描いた樋口卓治さん。放送作家ならではの発想力が随所に光る=東京都千代田区(塩塚夢撮影)
「笑っていいとも!」などの番組を担当する人気放送作家、樋口卓治さん(49)が、2作目となる小説『失敗屋ファーザー』を刊行した。父と娘の愛情物語を縦軸に、ユーモアとアイデアをたっぷり詰め込んだ。
主人公、細野一郎は、高校生の娘・清江と2人で暮らすシングルファーザー。13年前に妻が他界して以来、「失敗屋」として働きながら、男手一つで清江を育ててきた。そんなある日、一郎のもとに弁護士から一通の封筒が届く。「お父さん検定」を受けて合格しなければ、清江の親権を剥奪するというものだった-。
「僕自身も、高校生の娘を持つ父親です。思春期の娘との距離感や付き合い方はとてもデリケート。テーマとしてありだな、と思っていました」。本音をいえなかったり、気持ちのすれ違いでケンカをしてしまったり。どことなくぎこちなさが漂う父と娘の関係を、リアルに描き出した。「感情表現は実体験をベースにしています。実際娘とケンカしたりしますが、それも『取材』(笑)。『あ、ケンカするときは単に泣くだけでなく、怒ったような目をするんだな』とか。家族の協力あっての作品です」
「検定」をきっかけに、清江と真正面から向き合い始める一郎。放送作家ならではのアイデアが物語を動かしていく。「設定を考えるのが自分の仕事。例えば、『娘が乗った通学バスと勝負して父がマラソンをする』なんてね。非日常の設定や仕掛けを日常に投げ込むことで、思いも寄らないドラマが生まれるんです。いつも『もし○○だったら』という切り口を考えていますね」
「検定」だけでなく、もう一つユニークな仕掛けがある。はた目には派遣先をクビになったばかりの冴えない派遣社員の一郎だが、実は「失敗屋」という顔を持つ。依頼を受けて店や会社に入り込み、わざと失敗をしてスタッフの心をまとめあげるというのが一郎の仕事なのだ。
「今って失敗しにくい時代ですよね。一つの失敗が命取りになるから、どうしても手堅くまとまってしまう。でも、僕自身は失敗しないと新たな発見は生まれないと思っています。誰かが失敗をすると、周りもそれをフォローしようと一丸となれる」
「検定」に「失敗屋」。これだけでも一本の作品ができるようなおいしい“ネタ”を詰め込んだ。「まだまだ文章がヘタなので、ネタだけでもぐいぐい話を引っ張っていけるように…」と謙遜しながらも、「とにかく、読んだ人に楽しんでもらいたい。その一心で、空揚げに卵焼きにご飯と、なんでも入っている幕の内弁当に仕上げました。必死におかずを作ったな、という感じです(笑)」とサービス精神をのぞかせる。
笑って泣いての“幕の内弁当”。「自分もビギナーだからこそ、読書ビギナーが読んでも楽しめるようにと書きました。悲劇も見方を変えれば面白くなる。『こんな楽しい考え方もあるんだな』と思ってもらえれば」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS)
「失敗屋ファーザー」(樋口卓治著/講談社、1365円)