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お情けの単位で教壇に 危機的な数学教育

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お情けの単位で教壇に 危機的な数学教育

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 【佐藤優の地球を斬る】

 桜美林大学リベラルアーツ群教授の芳沢光雄先生は、優れた数学者であり、同時に数学教授法の第一人者だ。数学が苦手な社会人を対象に学び直しの教科書や啓発書を多数刊行している。芳沢先生の近著『論理的に考え、書く力』(光文社新書)を読んで、日本の算数・数学教育が危機的状況にあることを知って、戦慄した。少し長くなるが、芳沢先生の本から引用する。

 「ゆとり」育ち

 <団塊世代後期の退職や理数系を中心に授業時間を大幅に削減した「ゆとり教育」の見直しなどが影響し、現在は教員採用のピーク時である。実際、2001年の全国の小・中・高の公立学校教員採用者数は9416人だったが、10年後の2011年は2万3378人になっている。これを都道府県別に見ると、たとえば01年の秋田、東京、埼玉、大阪は順に127人、1117人、345人、268人だった。一方、11年のそれらは、順に70人、2772人、1242人、1967人となっている。これらの数字は、過疎化が進行している県と大都市圏周辺とでは、この問題を同一に論じることはできないことを示している。

 前者の方は現在でも実質競争率は高く、優秀な者が教員になっていると考えられる。しかも試験問題は主に記述式であるので、論述問題にも強い。

 問題は後者で、数字が示しているように、ここ数年の間に教員採用者数は激増した。しかも、「ゆとり教育」を見直す必要もあって一気に教員を増やした部分が、実は「ゆとり世代」の新卒者が大半を占めているという何とも言葉につまる状況になっているのである。もちろん、実質競争率は低く、試験問題は主にマークシート式である。

 つまり、算数があまり分かっていない者でも、続々と小学校の教壇に立って教えているということである。>(143~144ページ)

 実質競争率1倍

 その結果、具体的にどのような問題が生じているのだろうか。

 <速さや濃度の応用問題が解けないのは言うに及ばず、中には「3つの角度が全部異なる二等辺三角形がある」と生徒の前で平然と言ってのける教員までもいる。某都道府県の複数の採用担当者から直々に聞いたことであるが、「実質競争率が1倍ちょっとの現状では、算数ができない中で、ほんの少しできると思われる者をギリギリの採用基準としている」という現実がまかり通っているのだ。

 要するに、「ゆとり教育」のもとで育ち、中学校と高校では全く数学を学ばないで私立大学に入学し、そこで小学校の教員免許状取得に必要な「初等算数科教育法(2単位)」の単位をお情けでもらって、採用試験を堂々と受けに行く者が多くいるというわけだ>(144ページ)

 筆者が外務省で研修指導官を務めた経験でも、難しい試験に合格して入省したロシア語研修生が、研修先のロシア高等経済大学やモスクワ国立大学地理学部から、数学の知識が不十分なために退学を余儀なくされたことがある。

 日本国家を強化するためには、日本人を強くしなくてはならない。特にグローバリゼーションが進む中で、国際社会でわれわれと異なる文化、伝統を背景とした人々に日本の立場、主張を理解させるためには、論理の力が重要になる。そのための基礎になるのが算数・数学だ。

 <日本の将来のことを考えると、国債発行残高や福島第一原発からの汚染水など、憂慮すべき深刻な問題がいろいろとある。(中略)最も憂慮すべき深刻な問題は、(中略)「初等算数科教育法」を履修する“大学生”が、小学生が習う算数を理解していないことなどは、教育職員免許法の制定時に誰が想像できたことであろうか。このような想定外の深刻な現状こそ、正に“レベル7”と言うしかない>(145ページ)

 芳沢先生が鳴らす警鐘に警鐘に真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS

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