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ゾウが育む湿原の聖地 コンゴ共和国 ンドキ川

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ゾウが育む湿原の聖地 コンゴ共和国 ンドキ川

更新

 【世界川物語】

 湿地帯を小さな川が網の目のように流れる。森の中から1頭のゾウが巨体を揺すって現れ、池に向かって歩を進めた。自分より体の大きいゾウに威嚇された先客のゾウが、慌てて水から上がり隣の池に逃げ出す。2頭のゾウの声が周囲の空気を震わせ、灰褐色の巨体が水をかくガボガボという音と重なり合う。

 ゾウは長い牙を日の光に輝かせながら、頭を池の中にすっぽりと沈め、ミネラル分が豊かな池の底の堆積物を、鼻を使って巧みに口に運ぶ。

 少し離れた草地では10頭のゴリラの家族が食事中だ。母親の背中に乗った子供やじゃれ合う若い2頭、双子をしっかりと両手で抱いた母ゴリラの姿が遠目にも分かる。

 悪霊の地

 アフリカ中央部のコンゴ共和国。首都のブラザビルから飛行機で赤道を越え、車と小さなカヌーを乗り継いで2日かけてたどり着いたヌアバレ・ンドキ国立公園は、絶滅が心配されるアフリカの大型動物に残された数少ない聖域だ。

 アフリカの大河コンゴ川の支流の一つのサンガ川、そのまた支流の一つ、ンドキ川が公園の森を潤す。「ンドキ」は熱帯林の中で暮らす先住民の言葉で「悪霊」の意味だという。濃密な森林と点在する湿地が人間の侵入を阻み、長く手付かずのまま残されてきた。

 ゾウやゴリラが集まり、ワニやカワウソ、多数の鳥などが生きる湿地は「バイ」と呼ばれる。ゾウが歩き回ることで、バイには編み目のようなせせらぎと大小さまざまな池がつくられる。ゾウなしにはバイは存在し続けられず、ゾウはバイなしには生きられない。

 世界遺産

 カヌーの先頭に立ってンドキ川を行くモベンバカ(24)が、川の水をすくって口に運ぶ。手元からこぼれた水滴が熱帯の日差しに輝きながら川面にはじける。

 「昔は大きなサンガ川の水を飲んでも大丈夫だったけど、今は駄目。でもこの川なら大丈夫さ」「ゾウがいなくなったら森の中は歩けなくなるし、女たちはキノコを集められなくなる」。彼は、森の中を縦横に走るゾウがつくった道を歩いて果実やキノコなどを集め、狩りをすることで命を支える先住民の一人だ。

 環境保護団体、野生生物保全協会(WCS)でゾウやゴリラの研究に取り組むマリー・マングエット(28)は「この地域の生態系はゾウなしには存在し得ない。ゾウがいなくなれば、森も湿地も駄目になり、やがては人々の暮らしにも影響が出る」と話す。

 周囲で森の伐採が広がる中、ヌアバレ・ンドキは1993年に国立公園に指定された。2012年には互いに国境を接するカメルーン、中央アフリカとの国立公園などを合わせた250万ヘクタールの土地が「サンガ川流域の3カ国保護地域」としてユネスコの世界自然遺産に登録された。

 密猟

 安泰と思えた遺産地域をことし5月、衝撃的な事態が見舞った。中央アフリカ共和国の首都を制圧して大統領を国外に追放し、暫定政権を樹立した反政府勢力「セレカ」の兵士らが、多数のゾウが姿を見せることで知られたサンガ川流域の「サンガ・バイ」に密猟者を連れて侵入。分かっているだけで26頭のゾウを殺し、象牙を持ち去った。

 中国やタイ、日本などアジアでの需要を背景に近年、密売象牙の価格が高騰している。コンゴなどの生息国で拡大しているゾウの密猟は、この聖地でも無縁ではない。

 「ヌアバレ・ンドキでは密猟はほとんどないが、広い範囲を歩き回るゾウは保護区の外に出て、密猟の犠牲になる」とマングエット。

 コンゴの北半球部分が大雨期に入ったばかりのある日、特別の許可を得て、バイを見下ろす研究用の木造のタワーで一夜を過ごした。

 周囲にはさまざまなリズムを刻むカエルや虫の声があふれ、時折、遠くからチンパンジーの声も響く。深夜に突然降りだした激しい雨の音が漆黒の夜の闇に満ちるすべての音をかき消す。

 一晩中降り続いた雨が上がった早朝、朝もやの中に浮かび上がったバイには、既に草をはむ多くの動物の姿があった。

 バイでゾウを観察していると、銃を肩から下げた5人の国境警備の軍人が姿を見せた。「すぐそこが中央アフリカとの国境だから警備を強化している」「昨日、セレカの逃亡兵が小さなカヌーでやってきて逮捕された」。隣国の政変やゾウの大量殺害は、コンゴのバイにとっても大きな不安要素だ。

 ほんのわずかな土地を野生生物のために残しておいてやること。今の人間にとっては、それさえも難しいことなのだろうか。(敬称略、共同/SANKEI EXPRESS

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