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権力者への制裁を支持する庶民感情 渡辺武達

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権力者への制裁を支持する庶民感情 渡辺武達

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 【メディアと社会】

 東京都知事の猪瀬直樹氏が12月24日、辞職した。都から補助金を受けている医療法人「徳洲会(とくしゅうかい)」から昨年12月の都知事選直前に5000万円を借り入れていた一連の問題の結末である。

 この不可解な金のことがメディアで報道されたのが11月22日。知事選で430万票という個人では日本の選挙史上最多の票を集め、今年9月には石原慎太郎前都知事時代からの悲願であった2020年五輪の東京招致を実現したばかりの絶頂から、選挙費用の虚偽報告や都議会での虚偽答弁といった疑惑にまみれ、最後は後見人の石原氏の「聖断」による辞職勧告を受け、まさに天国から地獄への転落ドラマであった。

 「半沢直樹」の影響

 公人である都知事が、庶民には現金で家に置くことなど考えられない多額の金を無利子無担保で、都庁の権限の範囲にある病院の幹部から受けとっていいはずがない。ただ、猪瀬氏への批判がエスカレートし国民が固唾をのんで注目した背景には、先のTBS系ドラマ「半沢直樹」の影響で、悪事をはたらき権力を得た者への制裁が国民の支持するところになっていることがあるように思える。各政党も、そうした庶民感情に敏感になり、猪瀬氏を突き放したのではないだろうか。

 メディアによって市民の社会感覚が醸成されるのは当然であり、それを見越した政治活動がなされるのも致し方ない。テレビの視聴者や新聞の読者の圧倒的多数は猪瀬氏と直接的な接触はない。しかし、メディアで報じられた金銭のやり取りやその経過説明の迷走ぶりから誰もが「こいつは怪しい」と思ってしまう。市民は、政治家の金銭をめぐる暗部に想像をめぐらし、その代表としての猪瀬氏へのバッシングに加担したくなる。

 関心薄れた国会議論

 問題なのは、猪瀬氏の騒動がメディアとりわけテレビのワイドショーやニュースショーの格好の話題となり、日本の将来により大きな影響を及ぼす国会議論への人びとの関心が結果として薄れてしまったのではないかということである。

 猪瀬氏の問題に目を奪われている間に、今後の日本の外交・安全保障政策を左右する「国家安全保障会議(日本版NSC)」創設関連法が11月27日に、12月6日には「特定秘密保護法」も成立した。その後も国会で法律の細部の規定について激論がなされているにもかかわらず、猪瀬氏問題の報道ラッシュで、国民の理解の深化は確実に妨げられた。

 もちろん東京都知事といえば、世界的にも日本の顔の1人であり、国内的にも閣僚なんかよりも大きな権限と予算、部下を持ち、その政治力は巨大だ。だから与党だけでなく、各野党も猪瀬氏辞任の日から後継候補選びに動き出した。

 とくに国会での特定秘密保護法の強行採決で支持率を10ポイント近く落とした自民は「勝てる候補」(安倍晋三首相)の擁立のため、今週末から毎週、世論調査を行い民意を探り、正月明けには候補者を決めるという。その候補者がクリーンなイメージで、スポーツを理解し、国際外交にも明るい人になることを願うばかりだ。

 公益とのバランス

 政治家の不祥事は日本に限ったことはない。中国では共産党の意向で有力政治家が汚職容疑でしばしば追放される。昨年12月には重慶市トップだった薄煕来氏が逮捕され、今年9月に無期懲役の判決が言い渡された。今も江沢民元国家主席に近い周永康前政治局常務委員が、党の腐敗一掃キャンペーンの一環として、にわかに信じがたい1兆円もの収賄容疑で告発されている。

 私たちが政治家に求めるのは政治的かつ経済的な清廉と公益のために粉骨砕身し国際社会に発言していく倫理に根ざした実行力である。メディアにも心して公益性のバランスに配慮した報道をしてもらいたいと思う。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

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