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政治
【首相靖国参拝】リスク覚悟 「国民との約束」果たす
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東京都千代田区九段北の靖国神社 靖国神社で秋季例大祭が行われていた前後、10月中下旬のことだ。安倍晋三首相と数人の知人が会食し、うち1人が帰り際に「靖国参拝はどうするのか」と尋ねると、首相は気負うでもなく淡々と答えた。
「年内に必ず参拝する」
おそらくこの頃には、刻々と移り変わる内外の諸情勢をなお慎重に見極めつつも、年内参拝の腹を固めていたとみられる。
安倍首相はこれまで靖国参拝の政治問題化・外交問題化を避けるため、参拝するしないを明言しない「あいまい戦術」をとってきた。国のために命をささげた英霊には、できるだけ静謐(せいひつ)な環境で安らいでもらいたいという思いからだ。
「御霊(みたま)安らかなれと、手を合わせて参りました」
首相が12月26日の靖国参拝後、記者団にこう語ったのもその延長線上の理由からだろう。そうであっても、このまま一国の首相が官邸にほど近い日本の領土に足を踏み入れられず、戦没者の慰霊・追悼も自由にできない異常事態が続くことは看過できなかったのだ。
首相は一昨年11月の産経新聞のインタビューで、第1次政権で参拝できなかった自身の責任についてこう述べている。
「それ以来、首相の靖国参拝が途絶えたことでは禍根を残したと思っている」
靖国参拝のマイナス面も考え抜いた。参拝すれば中国や韓国の強い反発は避けられない。さらに、東アジア地域に波風が立つのを嫌う同盟国の米国からも厳しい反応が飛び出すことが予想される。首相は、特に韓国の感情的な反発に対しては「日本は韓国と戦ったわけではないし、本当に疲れる」とこぼしもした。
それでも、「首相はいろんな情勢を考えて今回が一番いいと判断した」(政府関係者)。首相自身、周囲に「(参拝のタイミングは)戦略的に考えている」と漏らしていた。
「首相の参拝は25日か26日だと思っていた」
外務省筋はこう明かす。首相就任から1年間にわたり、中韓両国に「対話のドアは常に開かれている」と会談を呼び掛けているにもかかわらず、両国は一切歩み寄りをみせず、対日批判ばかり繰り返してきた。日中、日韓関係は今よりそう悪くはなりようがない。
また、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設問題で進展があり、「日米関係が底割れする懸念はなくなった」(外務省幹部)。そうした情勢から、首相は関係各国との多少の緊張の高まりにも耐えられると判断し、国のリーダーとしての筋を通して参拝した。
とはいえ、靖国神社参拝は安倍首相にとってリスクを覚悟しての「賭け」だった。米国、中国、韓国…など関係各国との微妙な均衡の中でうまくかじを取り、昨年9月の自民党総裁選や昨年12月の衆院選での「国民との約束」(菅義偉(すが・よしひで)官房長官)を果たしたのだ。
この初冬、衛藤晟一(えとう・せいいち)首相補佐官がひそかに米国へと赴いた。目的は米政府要人や識者らと会い、米軍普天間飛行場移設問題をはじめさまざまな日米間の問題について意見交換することだったが、同時に首相が靖国神社に参拝した場合の米側の感触を探る狙いもあった。
「思っていたより厳しかった…」
衛藤氏が直面したのは厳しい現実だった。日米外交筋は「米側には『オバマ政権はせっかく安倍政権を評価しているのにもったいない』という意見が多い」と指摘する。
実際、今回の首相の靖国参拝後、駐日米大使館は早速「失望」を表明した。これはホワイトハウスの意向だとされる。ブッシュ前政権時代の米国は、当時の小泉純一郎首相が6回にわたり靖国に参拝しても、ことさら批判したり参拝自粛を求めたりしなかったにもかかわらずだ。
「これがオバマ政権だ。靖国参拝の本来の趣旨や目的など原則的な話は受け付けず、ただ中韓との関係悪化はダメだと言う。修復はちょっと時間がかかる」
もともと外務省内では、靖国参拝は対中韓問題というよりも対米問題だとの共通認識がある。幹部の一人はあけすけに言う。
「安倍政権は(順当ならば)まだ3年近くは続く。中韓と直ちに関係改善しなければならない事情はない。対話は当面遠のくが、だからといって日本側に不利益となることもない」
いずれにしても、首相は利点も不利益も織り込み済みで参拝したのは間違いない。一つの宿題を果たしたが、今まで以上に外交手腕が問われることにもなった。(阿比留瑠比/SANKEI EXPRESS)
1975年8月15日 三木武夫首相が現職首相として初めて終戦記念日に参拝
1978年10月17日 靖国神社が東条英機元首相らA級戦犯を合祀(ごうし)
1985年8月15日 中曽根康弘首相が終戦記念日に首相として初の公式参拝1996年7月29日 橋本龍太郎首相が参拝
1999年8月6日 野中広務官房長官がA級戦犯分祀(ぶんし)と靖国特殊法人化を提唱
2001年8月13日 小泉純一郎首相が現職首相として5年ぶりに参拝
2002年12月24日 福田康夫官房長官の私的諮問機関が無宗教の国立追悼施設が必要との報告書提出
2006年8月15日 小泉首相が首相として6回目の参拝
2012年10月17日 自民党の安倍晋三総裁が参拝
12月17日 安倍総裁が記者会見で「首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ」と公表
2013年4月 安倍首相が真榊(まさかき)を内閣総理大臣名で奉納
4月20日 新藤義孝総務相が参拝
4月21日 麻生太郎副総理兼財務相、古屋圭司国家公安委員長が参拝
4月28日 稲田朋美行政改革担当相が参拝
8月15日 安倍首相が私費で玉串料。新藤総務相、古屋国家公安委員長、稲田行革相が参拝
10月17日 安倍首相が真榊を内閣総理大臣名で奉納
10月18日 新藤総務相が参拝
10月20日 古屋国家公安委員長が参拝
12月26日 安倍首相が参拝。中韓両国が抗議、米政府は「失望」表明
※肩書は当時