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愛しのラテンアメリカ(3)キューバ 「お金下さい」にも気品と誇り

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愛しのラテンアメリカ(3)キューバ 「お金下さい」にも気品と誇り

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首都ハバナでは子どもたちの間で、レンズがないだて眼鏡が流行っていた=キューバ(緑川真実さん撮影)  街を歩けば「せっけんくれ」、小学校を見学すれば「ノート下さい」。欲しがる人がいると知っていたら用意していたのに。子供たちはとりあえず外国人を見ると「なんかちょうだい」。

 観光地トリニダで2週間ほど滞在した宿のオーナーには、私が履いていたニューバランスのシューズで宿代を支払うことを提案された。靴は一足しかなかったので、日本から新しい靴を送る約束をすると、真顔で「ダメだよ。良い商品は何でも郵便局員が盗むから」と忠告され、「物資不足」の4文字が頭に浮かんだ。

 確かに、多くのキューバ人の生活は裕福とはいえない。でも不思議とここでは、貧しさからくる卑しさや惨めさを感じない。堂々と「私はお金がありません。あなたはあります。だからお金を下さい」。こんな単純で理路整然とした態度で、お金を乞う。そして、いくらか渡すと本当にうれしそうな表情を浮かべて「ありがとう」と感謝する。そこには「施し」や「人助け」「寄付」などというたいそうな概念はない。あえて言うなら「シェア」だろうか。

 シェアといえば、連載第1回に登場した闇タクシー運転手も、運賃のほぼ半分を客引きに渡していた。もっと彼が稼げるように、客引きも兼ねるようアドバイスすると、ハンドルから離した左手の人差し指と中指を絡まし、ニヤッと笑って一言。「お互いさまでしょ」

 キューバ人は貧しくても、気品があり、プライドを持っている。それは、往々にして教育、そして最低限保証された生活のおかげかもしれない。「私は貧しいから何か恵んでおくれよ」という、他の国々で散々浴びた、哀れな視線はぶつけてこない。

 ≪「歩くドル札」ではなく同等の「人」≫

 ある日、バラックが並ぶ通りで1人の女性が、私に1ユーロコインを見せ「これはキューバでは使えないから両替して」とせがんできた。するとその様子を見ていた、トイレットペーパーの芯をカーラー代わりに巻いてヘアセット中の女性が「日本の通貨は円だから、彼女がユーロをもらっても困るよ」と1ユーロ女性をたしなめた。「どうせお金があるから、くすねてもいいだろう」という雰囲気にはならず、ホッとしたのを覚えている。

 19歳で初めてインドに行ったとき、私は貧しい地元の人にとっては「歩くドル札」なんだと強く感じた。私がインドを訪れた理由も、地元の人と交流したい思いもお構いなく、彼らにとって唯一重要なのは、私がお金を持っている事実。盗むためなら偽りの友情も結び、嘘も平気でつく。私は「ドル札」なので、同情もプライドも保つ必要もない。当時はまだ若かったため、彼らの印象は貧しい人々の像として深く記憶に残った。

 キューバでは、私と相手との間に経済的な差が存在していても、私たちは「人」として向き合っていたように思う。同等に話し、同様にお互いの国に興味を持ち、友情さえ結べた。それはとても新鮮な感覚で、貧困に対する偏見は、あっさりと覆された。(写真・文:フリーカメラマン 緑川真実(まなみ)/SANKEI EXPRESS

 ■みどりかわ・まなみ 1979年、東京都生まれ。フリーカメラマン。高校時代南米ボリビアに留学、ギリシャ国立アテネ大学マスメディア学部卒業。2004年のアテネ夏期五輪では共同通信社アテネ支局に勤務。07年、産経新聞社写真報道局入社。12年に退社後、1年半かけて世界ほぼ一周の旅。その様子を産経フォト(ヤーサスブログ)とFBページ「MANAMI NO PHOTO」でも発信中。好きな写真集は写真家、細江英公氏の鎌鼬(かまいたち)。

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