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織田選手が見せた本物の強さ 萩原智子
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2月7日からソチ五輪が開幕する。日本から出場する「日の丸」を背負った選手たちの躍動が楽しみだ。特に、開幕前日の6日から団体戦が行われるフィギュアスケートは、浅田真央選手(中京大)や高橋大輔選手(関大大学院)をはじめ、男女共にレベルが高く、日本代表になることすら大変な種目だ。
昨年(2013年)末にさいたま市のさいたまスーパーアリーナで行われた日本代表最終選考会を兼ねた全日本選手権に足を運んだ。フィギュアは人気も高く、会場は満員の観客で埋まっていた。しかも、選手たちの緊張感が観客席まで伝わるくらい、会場の空気は張りつめていた。私自身、その緊張感に心が震えた。
4年に一度の五輪。選手一人一人にとって、五輪は子供の頃からの夢舞台だ。そして、私自身も経験があるが、この4年に一度の瞬間に、体調とメンタルの両方をベストに合わせることはとても大変なことだ。
選手は、ロボットでも、マシンでもない。血が通い、心のある生身の人間だ。それだけに、いつもベストコンディションで実力を発揮できるわけではない。良いときもあれば、当然、悪いときもある。トップレベルへ登り詰めるほど、日々の体調の違いや感覚の違いに悩まされる。そのリズムの波長を4年に一度の五輪イヤーにピタリと合わせることは、どんな選手でも至難の業である。
今回、観戦したフィギュアスケートで、私は本物の強さを知ることができた。男子のフリーで、織田信成(のぶなり)選手(関大大学院)の演技終了後のことだ。
合計得点256.47点。ショートプログラム(SP)で5位と出遅れ、フリーでは4回転ジャンプを1本決めて3位に入ったが、総合順位で4位と五輪出場権内の表彰台を逃した。順位は確定していなかったが、得点表示を見て2大会連続の五輪出場は難しい状況と分かった瞬間、彼は大粒の涙を流した。
実力的には、五輪に出てもおかしくないレベルにいた。しかし、勝負の世界においては、結果がすべて。大一番で納得のいく演技ができなかった。
涙を流すのは当然だろう。目指してきた目標に手が届かなくなったのだから、悔しさや悲しさでいっぱいの心境は容易に想像できる。
しかし、彼はその直後に立ち上がると、涙を流しながら、「大ちゃん、ガンバ~!」と声を振り絞ったのだった。
「大ちゃん」とは、これから演技を行う高橋選手のことだ。右すねの負傷を押して出場する日本のエース。織田にとっては、同じ大学の先輩でもある。私はその様子を目の当たりにし、涙が止まらなくなった。切磋琢磨(せっさたくま)してきたライバルであり、仲間へ向けての励ましの言葉だったからだ。
そこには、絶望の中でも、仲間に対してエールを送る強さがあった。彼の言葉には、力があった。
この全日本で初優勝を果たし、女子の代表に決まった鈴木明子選手(邦和スポーツランド)と話す機会が以前あった。彼女は「仲間の失敗を願うようなことはしない。心から応援しているし、私も頑張ろうと思える。みんなもそうだと思う。だからこそ、今の日本は強いのだと思います」と口にしていた。とても、印象的な言葉だった。
同じ舞台を目指してきた仲間でも、勝負をしなければならないときは当然ある。
そして、選手同士は分かっている。そのことの苦しさも悲しさも…。でも、全てを分かるからこそ、自分が思うような結果が出ずに悔しい思いをしても、頑張ってきた仲間を応援し、祝福できるのだろう。
織田選手は今回、残念ながら五輪の舞台には立てなかった。そして、全日本翌日のエキシビションを最後に現役引退を発表した。
しかし、私は、織田選手の心の優しさと強さを忘れない。アスリートとして、人間として、素晴らしいことを教えてくれた彼に感謝したい。そして、厳しい戦いを勝ち抜いて代表に選ばれた選手たちには、出られなかった選手たちの分まで、ぜひソチの舞台で大暴れしてほしい。(日本水連理事、キャスター 萩原智子/SANKEI EXPRESS (動画))