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記憶を破壊する「やらせ」 渡辺武達

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記憶を破壊する「やらせ」 渡辺武達

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日本大学新聞研究所が中心となって進めている「東日本大震災TV映像アーカイブ計画」の中間報告会=2014年3月7日(日本大学新聞研究所提供)  【メディアと社会】

 前回の本欄(2月26日付)で、東日本大震災の鎮魂曲などを“作曲”した佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏にゴースト作曲者がいた問題で、それに気づかず、「感動」の物語として伝えたメディアの責任について書いた。今回また、震災を扱ったドキュメンタリー映画で過剰な演出が行われていたことが発覚し、上映中止になるというメディアがらみの不祥事が起きた。

 まさに米国のメディア学者、ラルフ・キーズが、情報化時代を「脱真実の時代」と喝破し、著書の副題に記した「現代の不誠実とごまかし」が、日本でも現出しているかのようだ。

 映画は、東日本大震災から2カ月後に宮城県南三陸町で開局した災害ラジオ局「FMみなさん」と町民の姿を描いた「ガレキとラジオ」。大手広告会社が企画・製作した。昨年(2013年)4月から全国各地で公開され、自主上映会も開かれている。

 震災後、東北では30局以上の臨時FM局が開局したが、そのうちの一つであるFMみなさんは、津波に押し流されて鉄骨だけが残った役場の防災対策庁舎とともに、全国のメディア関係者に注目された。

 大災害だけでなく、五輪など社会的関心が大きい出来事について、メディアが「感動」を売り物にし、視聴者もそれを好むことは、前回の本欄でも指摘した。

 そうした「ヒューマンインタレスト(人間的興味)」をビジネスにしようとする者が出てくることも、現代の「超資本主義」(経済学者、ロバート・ライシュ氏の造語)では自然である。

 今回の映画で指摘された過剰演出は、当該ラジオ局の電波が届かない仮設住宅に暮らす70代女性を、放送を聴いて励まされている被災者として取り上げたもの。実際にはスタッフが放送の録音CDとラジカセを渡し聞いてもらったという。

 「事実でないことを事実のように思わせる情報提供」は、「やらせ」にほかならない。3年目を迎えた東日本大震災を題材にした番組は数え切れないほど作られたが、いずれも根幹部分は事実を基にしていた。俳優が演じる場合も、「ドキュ・ドラマ(実話をドラマ化したもの)」として宣伝された。ところが、今回の映画は被災者がラジオを聞いていたという根幹が嘘だったのだから、「ドキュメンタリー」では断じてないし、社会の幸せを増進させるというメディアの使命にも反する。

 繰り返し発覚する「やらせ」問題。こうしたメディアの行為は、人々の記憶を破壊し歴史を偽造することにつながる。私たちが笑ってすませてはいけないのは、人々がこうした「やらせ」を真性なものとして記憶してしまう恐れがあるからだ。

 日本マス・コミュニケーション学会では、そうした誤りが定着しないようシンポジウムなどを開き、震災報道のあり方などの議論をしてきた。テレビ映像については、日本大学新聞学研究所が中心となった「東日本大震災TV映像アーカイヴ計画」(大井眞二代表)が進行している。今月(3月)7日に、その中間報告会が日本大学で開かれ、筆者も出席した。震災以後の東京主要テレビ局の関連番組がすべて保管され、分類・整理が進んでいる。

 「特定秘密保護法」をめぐり、秘密指定や公開の問題が大きな議論となった。しかし、そうした専門的な公文書の問題だけでなく、日常的に接しているテレビや新聞、ラジオ、雑誌、映画などから提供される一般的な情報も、国民や視聴者にゆがんだ社会像を植え付ける恐れがあるという点で影響が大きい。

 より良い社会を次の世代に引き継ぐためにも、情報を提供するメディアに緊張感を求めたい。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

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