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政治
見当たらない「有力な後継者」
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安倍晋三首相(59)は自らの政治生命のありようをどのように描いているのだろうか。これといった手ごわい政敵はおらず、2015年9月に行われる自民党総裁選の再選も、今のところ疑いようがない。けれども、気にかかるのは、外交・安保、憲法など首相の政治理念を引き継ぐ、「有力な後継者」が見当たらないことである。然るべき後釜がいてこそ、いつか実現する難事も少なくない。
長州藩の吉田松陰による「留魂録(りゅうこんろく)」の一節に以下のような言葉がある。ことのほか首相は好きだという。
「今日死を決するの安心は四時(しじ)の循環に於(おい)て得る所あり」
松陰が安政の大獄で刑死する直前に残した言葉で、平静な気持ちで死ねるのは、春夏秋冬の四季の循環を考えているからだ、という意味に解されるそうだ。四季に富んだ人生を送れれば悔い無しという含意が読み取れる。首相の語録を集めた「軌跡」(海竜社)にある。
首相に置き換えれば、政界で頂点に登り立った現在の政治環境は言うまでもなく、議員バッジを胸に政治活動をしている期間にどんな「四時の循環」が繰り広げられたか、ということが重要だろう。政治家として、首相として、何をなしたか、という充実感と裏腹だともいえる。
対韓、対中外交は膠着(こうちゃく)状態に陥っているものの、4月24日の日米首脳会談では、尖閣諸島(沖縄県石垣市)に関し、日米安保条約に基づく米側の防衛義務を確認するなど、日本外交の基軸となる日米関係は良好のようだ。集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の変更などこれからヤマ場を迎える課題は山積しているものの、おぼろながらも着地点が見え始めている。
だが、あれほどこだわっていた旧日本軍の強制性を認めた1993年の河野談話の見直しは、自身の内閣では行わないと断言した。これは首相の心象に照らせば、「一丁目一番地」の理念だったはずだ。後事を託すに足る政治家が渇望されるゆえんである。
聞けば、自民党の首相支持勢力の中には早くも、2015年9月の自民党総裁選を視野に、再選戦略が取り沙汰され始めたという。12年の総裁選では事実上、選対として機能した「創生『日本』」が近く動き出すようだ。同時に、創生には鴨下一郎元衆院国対委員長ら反「安倍」派がいるため、これとは別に支援体制を築く思惑もくすぶる。
「長期的には創生とは別に、新しい首相の足場を固める。会期中のうえ、1年以上先の話なので、まだ露骨には動けない。今は、創生の幹部会だけを開き、反『安倍』派を牽制(けんせい)するだけでいい」
「新しい足場」を構築するのは、反「安倍」派を意識しただけの取り組みではなく、「首相の理念を継承し、自他ともにその後継と目される政治家を競わせて養成する」という真の狙いが底流にはある。
ましてや、首相の総裁再選後に行われる16年夏の参院選と12月に任期満了となる衆院選が終われば、18年9月の総裁任期を待たずして「首相は死に体」と見なされる。今は首相と近くても、「次」を見越して距離を置き始める向きも出てこよう。
「留魂録」には、後継者にかかわる下りもある。
「同志諸君が私の志を継いでくれるなら、それは蒔(ま)いた種が立派に育つことを意味している」
首相は先の書籍で、松陰が主宰した松下村塾の塾生だった高杉晋作や伊藤博文らを念頭に置いているのだろう、と指摘している。さて、今の首相の支持勢力に、高杉や伊藤に匹敵する才覚、度量、識見のある政治家はいるか。ドングリの背比べでは、首相も実りある「四時の循環」とはいかない。(松本浩史/SANKEI EXPRESS)