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「失楽園」渡辺淳一さん死去 80歳 「生命力の根源はエロス」 複眼で描写
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新刊について取材を受ける作家の渡辺淳一さん=2009年12月14日、大阪市北区(沢野貴信撮影) 「遠き落日」「失楽園」など医療から伝記、歴史、恋愛小説と幅広い分野の作品で知られる直木賞作家の渡辺淳一(わたなべ・じゅんいち)氏が4月30日午後11時42分、前立腺がんのため、東京都内の自宅で亡くなった。80歳だった。葬儀・告別式は親族で行った。喪主は妻、敏子(としこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。
1933(昭和8)年、北海道生まれ。札幌医科大学を卒業。65年、「死化粧」で同人雑誌賞を受賞。母校で行われた日本初の心臓移植手術を描いた「小説 心臓移植」(後に「白い宴」)などで計4度、芥川賞・直木賞候補となった後、70年に「光と影」で直木賞を受賞した。
80年に野口英世の生涯を描いた「遠き落日」などで吉川英治文学賞を受賞。ダブル不倫を描いた「失楽園」は大きな話題を呼んだ。97年には菊池寛賞を受賞、紫綬褒章も受章した。
≪「生命力の根源はエロス」 複眼で描写≫
渡辺淳一さんは、外科医の体験を投影した医療小説で出発し、男女の性愛のかたちに迫る濃密な恋愛小説で多くのベストセラーを世に送り出した。医学者としての冷徹な目を携えつつ、論理で割り切れない人間の欲望や感情の揺れを愛し、描いた複眼の流行作家だった。
「僕はね、うまく書けないときにこれを見るんだ」。2012年に東京・渋谷の仕事場でインタビューしたときのこと。渡辺さんはおもむろに人体解剖図鑑を開いた。「みんな同じ血管や筋肉、神経がついているでしょ。なのに頭の良しあしや足の速さには大きな差が出る。人間って不思議だなあと思って書き残したくなるんだ」。科学の視点からこぼれ落ちる個人の能力や感情に思いをはせ、人間への興味を再燃させる-。浮き沈みの激しい出版界で第一線を張る作家の創造の源を垣間見た気がした。
執筆歴は半世紀。明治期を舞台に偶然置かれたカルテの上下で人生を左右された男たちを描く1970年の直木賞受賞作「光と影」では、人知の及ばない運命の残酷さを見つめた。論理を超えたものにひかれる作家が、最終的に向かったのは人間の性や情、愛欲の世界だった。
閑職に追いやられた敏腕編集者と美しい人妻との禁断の愛を描く「失楽園」(97年)は、1年で260万部超を発行し社会現象になった。「愛の流刑地」(2006年)、「あじさい日記」(07年)など、その後の話題作では、異性を求める激しい愛欲とその裏返しの憎しみ、嫉妬が赤裸々につづられた。
複雑に絡み合う感情を、論議の的にもなった濃密な官能シーンが彩る。一貫した創作姿勢の裏には医大時代の解剖学実習などで死を見つめた体験がある。
「人間の生命力の根源はエロスであり欲望。そこにいやらしさではなく、いとおしさを感じるんだ」
語り口は穏やかだが内には激しさを秘めていた。率直な物言いの人生論も人気を呼び、エッセー「鈍感力」(07年)は当時の小泉純一郎首相(72)が引用して流行語に。舌鋒(ぜっぽう)は今年まで30年務めた直木賞の選考でも健在で、「頭脳中心で作品にリアリティーがない」と若い作家に苦言を呈していた。
大胆な性描写で新聞連載中から話題を呼んだ長編「愛ふたたび」が出版されたのは80歳になる年。70代で前立腺がんを患い、性的不能にも直面した自らの葛藤を注いだ物語で、若手に向けた言葉を実践してみせた。(海老沢類/SANKEI EXPRESS)
1969年 小説心臓移植(後に「白い宴」と改題)
1970年 花埋み、光と影
1973年 阿寒に果つ
1979年 遠き落日、長崎ロシア遊女館
1982年 化粧、雲の階段
1983年 ひとひらの雪、女優
1986年 化身
1987年 別れぬ理由
1997年 失楽園
2003年 エ・アロール それがどうしたの
2006年 愛の流刑地
2007年 鈍感力
2013年 愛ふたたび