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愛しのラテンアメリカ(9)メキシコ 時代またいだ遺跡 古代を思う

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愛しのラテンアメリカ(9)メキシコ 時代またいだ遺跡 古代を思う

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パレンケ遺跡周辺には緑が繁茂している=メキシコ(緑川真実さん撮影)  メキシコ全土に点在する古代都市群は、言わずと知れたメキシコの魅力の一つ。年に2回春分と秋分の日に、大蛇ククルカンの胴体が影によってピラミッドに出現することで有名なマヤ文明の「チチェン・イッツァ」や、800年もの間誰にも知られることなく、鬱蒼(うっそう)とした熱帯雨林の中に眠っていた「パレンケ遺跡」など。16世紀にスペイン軍がメキシコに上陸する前の、時代をまたいだ数々の古代遺跡が残っている。

 メキシコ滞在中は、いくつかの遺跡を訪れた。そのうちの一つ、首都のメキシコ市からバスで1時間、約50キロ離れた場所に、ラテンアメリカ最大の都市遺跡「テオティワカン」がある。数十メートルはある幅広のメーンストリート「死者の道」に沿って、高さ65メートルの太陽のピラミッドや、高さ42メートルの月のピラミッドが建つ。上に登っては、周辺の山々を眺めたり、周囲の乾いた音に耳を澄ませ、当時の都市の様子や暮らし、現代とはまったく異なるであろう人々の世界観に想像を巡らせた。

 紀元前12世紀頃から記録されているさまざまな先住民が築いた高度な文明も、16世紀のスペイン軍の到来であっけなく崩壊し、幕を閉じた。暴虐、疫病、理由はいろいろ言われているが、人口は激減し、社会は崩壊し、被征服者となり、結果的に先住民は社会的地位が低い国民になってしまった。もっと友好的に共存する道はなかったのか。個人的には非常に残念なことだが、仕方がない。

 ≪多様な「メキシコ人」 歴史が生んだ≫

 先住民、メスティーソ(混血)、白人と混在して現代のメキシコ人となる。グアナファトで知り合ったメキシコ人のダニエラは、祖父がスペイン系の白人で、祖母がアステカ人だと話した。「親族が祖父方か、祖母方かで、まったく顔つきもキャラクターも違うの!」と、彼女はゲラゲラ笑っていたが、いかにもメキシコらしい。

 また、人種差別、人種間格差は明白で、ひと昔前までは、「メスティーソお断り」「全人種OK」などと、バーやレストランの店舗に張り紙がされていた、と混血で中流階級の友人ルイスが教えてくれた。彼は仕事柄、上流階級のパーティーに出席することがあるが、いまだに出席者は白人ばかりで、混血の彼に冷たい視線を浴びせる人も少なくない、と憤りを見せた。

 人種間格差は州にもあてはまる。先住民が多いチアパス州は貧しい州の一つで、街の風景は土っぽく、生活インフラの整備も十分ではない。首都のメキシコ市のアンティーク雑貨が飾られたオシャレなカフェでお茶をしていた白人の若者と、太陽の日射しで肌が焼けて赤黒くなっている少女、ともにメキシコ人と呼ぶには、身なりも、生活も、顔つきも文化も、あまりにも違う。

 「日本人」と比べると、「メキシコ人」像はずっとバラエティーに富んでいる。それは先住民と侵略者によって築かれた、複雑な歴史ゆえなのだと、メキシコの街の風景を眺めながら考えずにはいられなかった。(写真・文:フリーカメラマン 緑川真実

 ■みどりかわ・まなみ 1979年、東京都生まれ。フリーカメラマン。高校時代南米ボリビアに留学、ギリシャ国立アテネ大学マスメディア学部卒業。2004年のアテネ夏季五輪では共同通信社アテネ支局に勤務。07年、産経新聞社写真報道局入社。12年に退社後、1年半かけて世界ほぼ一周の旅。その様子を産経フォト(ヤーサスブログ)とFBページ「MANAMI NO PHOTO」でも発信中。好きな写真集は写真家、細江英公氏の鎌鼬(かまいたち)。

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