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人間国宝の竹本住太夫さん引退 「顔」を失う文楽界 未来への継承、正念場
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引退セレモニーで挨拶する竹本住大夫(すみたゆう右)=2014年5月26日午後、東京都千代田区の国立劇場(三尾郁恵撮影) 人形浄瑠璃文楽の太夫(たゆう、浄瑠璃語り)の人間国宝、竹本住大夫(すみたゆう)さん(89)の引退公演が5月26日、東京・隼町の国立劇場で千秋楽を迎えた。亡き養父・六世住大夫の引退公演と同じ「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)・沓掛村の段」を情感豊かに語り、68年にわたった太夫人生に幕を引いた。
引退セレモニーでは「寂しゅうてまだ、次の公演に出るような気がします。これからも文楽を末永くよろしくお願いします」
人間国宝の人形遣い、吉田簑助さん(80)から花束を手渡され、両手を握り合うと感無量の面持ちを見せた。
≪「顔」を失う文楽界 未来への継承、正念場≫
長く文楽界を牽引(けんいん)してきた最長老にして最高峰が、ついに舞台を退いた。5月26日を最後に現役を引退した竹本住大夫さん。「顔」を失う文楽は、住大夫さんが残した財産をどう継承し、未来へつないでいくのか。正念場を迎えている。
住大夫さんは1946(昭和21)年に豊竹古住(こすみ)大夫を名乗って初舞台を踏み、85年に七世住大夫を襲名。89(平成元)年には人間国宝に認定され、名実ともに太夫のトップとして文楽を支えてきた。
4月に行われた地元・大阪の国立文楽劇場での最後の公演は、84年の開場以来、2部制公演としては最高となる約2万9900人を動員。東京公演も連日満員となった。
「文楽は初めて、というお客さまが多かった。住大夫師匠の引退が話題になったことで、一度文楽を見てみようという人が来てくださったのでは」と話すのは、大阪の国立文楽劇場の桜井弘支配人(59)。「この観客層をぜひ次につなげなければならない」と気を引き締める。大阪の国立文楽劇場の7、8月の公演では、映画やドラマ化されるなど現代性の強い「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」を上演。「現代のお客さまはドラマ性重視。今後はそういう方向も視野に入れて演目を決定したい」と、“住大夫効果”で獲得した新規ファンのつなぎ留めに力を入れる。
住大夫さんの真骨頂は、文楽でもっとも大切な情を描くことだった。
20年近く住大夫さんの三味線を弾いてきた野澤錦糸さん(56)は「師匠の浄瑠璃を横で聞いていて、何度も涙がこぼれそうになった」という。
そのしみじみと味わい深い浄瑠璃は、壮絶な稽古のたまものだった。人間国宝になってからも、引退した兄弟子の竹本越路大夫(こしじだゆう)さんのもとに稽古に通い続けた。だからこそ弟子や後輩への稽古は厳しいが、57年に住大夫さんに入門した竹本文字久大夫(もじひさだゆう)さん(58)は「浄瑠璃の基本である音(おん)や息で情を伝えるという師匠の教えを、生涯学び続けていきたい」。引退後も稽古は続くそうで、「早速、27日から師匠のお宅で稽古です」という。
人間国宝に定年はない。だが、住大夫さんは「自分の芸に納得できなくなった」ことを理由に引退を決意したという。芸の厳しさを示したその引き際こそが、住大夫さんが文楽に残した最後で最大の置き土産かもしれない。(亀岡典子/SANKEI EXPRESS)