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南シナ海問題で問われる台湾の「感度」
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南シナ海で国際法に基づかない「九段線」を根拠に権益を主張する中国に対して批判が高まる中、台湾の南シナ海政策にも風当たりが強まりつつある。台湾も公式には中国と同じ論理で同じ範囲の権益を主張しているためだ。現状では研究者の指摘にとどまるが、米国や関係諸国が政府レベルで提起してきた場合、「国際法の順守」や「対話による紛争解決」を掲げて国際社会での地域向上を図ってきた馬英九政権にとり、痛手となる可能性もある。
「馬総統は、台湾の海洋権益の主張を、歴史的な権利ではなく現在の国際法に基づくものに再定義すべきだ」
台湾の外交部(外務省に相当)などが8月5日、台北市内で開いたシンポジウムで、新アメリカ安全保障センターのパトリック・クローニン上級顧問はこう指摘した。クローニン氏はまた、台湾が実効支配するスプラトリー(台湾名・南沙)諸島の太平島での埠頭(ふとう)建設の凍結も要求。
これらを、10日にミャンマーで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議に合わせ、台湾当局が「一方的に発表」するよう訴えた。今回のARFでは、中国が南シナ海で国際法を無視して現状変更を試みているとして、米国やフィリピンが問題提起する見通しで、関連会議に招かれていない台湾にも対応を求めた形だ。
この日のシンポジウムは、馬総統(64)が2年前の同じ日に発表した「東シナ海平和イニシアチブ」を記念して開かれた。会合の冒頭には馬総統も演説し、日本との漁業協定締結やフィリピンとの漁業交渉の開始は、紛争の棚上げや国際法の順守、平和的手段による解決などを掲げる自身のイニシアチブの成果だと強調。「その理念と精神を、どうすれば南シナ海でも拡大運用できるか考えるべきだ」と呼びかけた。
台湾は、中国と同様、南シナ海全域の島嶼(とうしょ)の領有権を主張している。だが、ASEAN側は、「一つの中国」原則を掲げる中国の反発を恐れ、領有権問題をめぐる「行動規範」策定に向けた会議を含めて台湾の出席を呼びかけたことがない。
台湾側には、東シナ海での「成功」を元に南シナ海でも紛争の平和的解決を訴え、関係国との対話のテーブルに就くことで外交上の地位を確保したい思惑があるとみられる。シンポジウムにも、シンガポールやマレーシアなどASEAN諸国の研究者を招いていた。それだけに、クローニン氏の発言は、台湾側の狙いに水を差す形となった。
台湾の現在の南シナ海政策は、1993年に策定した「南シナ海政策綱領」に基づく。綱領では、南シナ海の全ての島嶼の領有権に加え、「歴史的水域」の管轄権を主張している。その範囲は、中国が公刊地図で図示している九段線や「U字線」と呼ばれる南シナ海全域を覆う線で囲まれた部分と同じ。クローニン氏が問題視したのは、この綱領とみられる。
ただ、台湾の「領海」を定める法律には歴史的水域への言及はない。法案段階では文言が明記されていたものの、関係国との紛糾を避けるため、立法院(国会)審議で削除された経緯がある。領海法に係争がある島嶼の名称を書き込んだり、独自の解釈で排他的経済水域(EEZ)での外国艦船の行動を制限したりする中国と異なり、台湾は法制面では国連海洋法条約に準拠している。
クローニン氏からの指摘は、いわば近年、ベトナムやフィリピンとの対立を悪化させている中国の、とばっちりを受けた形だ。だが、馬総統自身が「国際法の順守」を強調する以上、たとえ法律に記載がなくても、国連海洋法条約に根拠のない歴史的水域の管轄権を主張するのは明らかな矛盾といえる。
九段線は今年に入って米オバマ政権が公式に問題視するようになり、米中間では論争の対象となっている。クローニン氏はオバマ政権の政策決定に影響力があるとされるが、シンポジウム翌日の主要各紙は、その発言を一切、報じなかった。台湾当局がどの程度、米国を始め各国が求める「法の支配」を深刻に受け止めているのか、馬政権の“感度”が問われる。(台北支局 田中靖人(たなか・やすと)/SANKEI EXPRESS)