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報道が歴史形成 誤りを認めて訂正を 朝日の慰安婦検証記事

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報道が歴史形成 誤りを認めて訂正を 朝日の慰安婦検証記事

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「慰安婦問題どう伝えたか_読者の疑問に答えます」と題した2014年8月5日付の朝日新聞紙面(矢島康弘撮影)  【メディアと社会】

 毎年、8月になると新聞もテレビも先の大戦に関する報道に力を入れる。8月15日の終戦の日には、閣僚による靖国神社参拝問題が決まって論評される。

 様相の違った「8月」

 私たちメディア研究者は、そうした報道を「8月ジャーナリズム」と呼んでいるが、今年は、少し様相が違った。(8月)5、6日に、朝日新聞が「慰安婦問題を考える」という自己検証記事を掲載し、これまでの慰安婦に関する記事の一部に誤りがあったことを認め、新聞の報道責任そのものが問題となったからである。

 朝日の検証記事は、自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治(よしだ・せいじ)氏の著書『朝鮮人慰安婦と日本人』(1977年刊)を、基本的に事実に基づいたものだとして一連の記事を書いてきたと弁解しており、いささかみっともない。

 慰安婦問題が日本軍による強制だったとしてメディアが大きく取り上げだしたのは90年代の初めのことだが、筆者は人道的立場から、76年に友人・知人たちと在日韓国人・朝鮮人が小中学校の教員採用試験を受けられないことや、市営住宅や国民保険に国籍条項により入れないことは問題だとして是正を求める活動を始め、居住する滋賀県や大津市に是正を求めていた。おかげで、滋賀県は日本で初めて公立小学校教員試験に国籍条項を外した。

 その頃の日韓、日朝関連の報道といえば、韓国政府による国内言論弾圧、北朝鮮による祖国帰還活動などが主たるもので、筆者も76年に開催されたアジア卓球選手権大会で平壌を訪れた際、帰還した元在日の人から日本の家族への手紙を託され、宣伝されていた「楽園」における言論の不自由さに驚いた。

 当時の日本メディアの報道には、いかにして南北両国と友好関係を築くかという姿勢に一貫性があった。

 2003年にNHKが放映した韓国ドラマ「冬のソナタ」をきっかけに韓流ブームが起きた。翌年、筆者はソウルから車で1時間ほどのところにある元慰安婦の民間居住施設「ナヌムの家」を訪ねた。

 その時、彼女たちから聞いた言葉は日本政府への怒りだけではなく、韓国政府も自分たちの話を直接聞こうとしない、自分たちは両国政府の犠牲者であると嘆くものであった。この頃の韓国政府は、彼女たちに政治的利用価値を認めず、冷淡だったわけである。

 その10年前の1993年に産経大阪本社版夕刊に「人権考」と題した連載記事が掲載され、吉田氏による韓国訪問について、「終わらぬ謝罪行脚」と題して報じている。そこでは吉田氏の証言内容について疑問も記されていたが、好意的な報道であった。連載記事としてすばらしく、筆者が審査員の一人を務める「坂田記念ジャーナリズム財団」で賞を贈った。

 「新聞は世界史の秒針」

 初期の日本の新聞学(メディア学)をリードした小山栄三氏は、ドイツの哲学者ショウペンハウエルの「新聞は世界史の秒針」であるという言葉を紹介した。これは、世界史が日々の出来ごとの積み重ねで作られるとの前提に立ち、新聞の役割の大きさを指摘したものだ。新聞の提供情報を基本にしてよりよい社会の建設が可能になると同時に、報道によって歴史が形成されるとの指摘でもある。

 だからこそ、朝日の慰安婦報道が間違っていたとすれば、それをはっきりと認めて訂正することこそメディアの責務ということだ。

 朝日の検証記事が掲載された(8月)5日の朝、理研のSTAP細胞論文問題をめぐり、主要著者の一人で、小保方晴子氏の指導役であった笹井芳樹氏が自殺をし、当日のテレビや新聞夕刊、翌日の新聞朝刊でも多くを占め、大半の読者・視聴者の関心はそちらに集中した。

 最近の調査では、8月15日が何の日なのかや、日本が米国と戦争をしたことを知っている10代、20代の若者が50%を割り込んだという。国民の「共有知」形成におけるメディアの責任は重い。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

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