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図書館がつなぐ日本とネパールの絆 渡辺武達
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「ネパール日本子ども図書館」では読者や本の貸し出しはもちろん、折り紙や昔話の語りなどさまざまな活動が行われている=ネパール(提供写真)
オランダ・ハーグの国際司法裁判所が3月31日、日本が南極海で現在行っている調査捕鯨について、国際捕鯨取締条約に違反すると認定し、中止を命じる判決を言い渡した。この裁判は一審制だからこれで確定である。韓国との領土問題を国際裁判所に判断してもらおうと提案している日本としては、理論的整合性からも国際信義からも判決に従わざるを得ない。
筆者は、国際捕鯨委員会(IWC)が商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を決定した1982年に、「日本セイシェル協会」の役員として捕鯨問題に関わったことがある。当時のIWCで反捕鯨の急先鋒であった西インド洋のセイシェル共和国のフェラーリ外相を和歌山県選出国会議員、玉置和郎総務庁長官(当時)の要請で日本に招いた。当時の鈴木善幸(ぜんこう)首相の官邸で話し合いに同席した後、捕鯨基地である和歌山県太地町(たいじちょう)を訪問し、町民とも話し合った。
このとき、クジラを観光資源にしているセイシェルとクジラを食料とする日本との話し合いは、水産学校出身でクジラの種類と特性を熟知しかつ政治的配慮もできる鈴木首相の力もあり、かみ合った。その結果、セイシェルは捕鯨即時禁止を捕獲制限に変更した。以来、両国間には資源保護と利用についての相互理解システムができた。
かつて米国の外交官で学者のJ・ケナンが『アメリカ外交50年』(1951年発刊)で言ったように、強いものは道徳的モデルとならなければならない。またメディアも国民も、政府のそうした姿勢を後押ししなければならない。
そうした点でこのほど、「ネパール日本子ども図書館」館長、サパナ・シャルマさん(45)から良い知らせが届いた。カトマンズの日本大使館員の家族がボランティアで手伝いを申し出てくれたというのだ。この図書館は、土地の購入と建物建設の初期費用をNTT労組に所属する「情報労連近畿」が負担し、その後の運営・維持も組合員とその家族の善意で続き、ネパール唯一の子ども図書館として大きな役割を果たしている。
2001年5月に、筆者はNTT労組の顧問として図書館のオープニングセレモニーに出席した。日本側からは寄付を募った組合の役員や賛同者約50人、ネパール側からは王女やカトマンズ市長、それに現地の子供たちと保護者ら100人近くが参加し、道路まで人であふれた。
その経緯を4年前に、カトマンズにある国立トリブバン大学を講演のため訪れた際、カトマンズ駐在日本大使に話し、訪問をお願いした。大使はすぐさま訪れ、それが今回の大使館員のボランティア活動につながった。時間はかかったが、官民一体の取り組みが大事なのだ。
図書館といっても活動は多彩で、館内での読書や本の貸し出しはもちろん、折り紙や生け花教室や昔話の語りのほか、日本の絵本などの翻訳プロジェクトまである。利用者の増加に対応し、近住のボランティアも増え、学校外教育施設の少ないネパールで、そのモデルになりつつある。
図書館はマスメディアと同じく、書物を通して社会情報を市民に仲介する重要な施設である。マスメディアが主として現在起きていることを報道するのに対し、図書館はこれまでの人類の知的財産の宝庫であり、とりわけ子供にとっては小さいときにどういう本を読むかで人生が変わる。
国連の統計でもネパールは世界の最貧国の一つで、首都の小学校でも机がないところがあったし、筆記用具も不足している。田舎へ行けば、校舎のない木陰の学校は当たり前だった。インドを経由した子供の身売りはいまなお少なくないという。その犠牲でエイズに感染し、ネパールへ戻ってきた娘たちを助ける施設もある。
米国で奴隷解放運動に取り組んだ第16代大統領エイブラハム・リンカーンは「私の知りたいことは書物の中にあり、私に読むべき本をくれた人が私の恩人だ」という言葉を残した。
民間の善意が作った図書館が大阪で企業研修した経験を持つシャルマ館長の努力と合わさって、ネパールと日本の「絆」を深めることに貢献していることがうれしい。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)