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【勿忘草】古代から強かった東北
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岩手県西磐井郡平泉町 世界遺産になった岩手・平泉周辺は、この夏も観光客でにぎわっている。中でも最も名を知られる中尊寺・金色堂には平泉を本拠とした奥州藤原4代が納められている。平泉を開いたのが初代、藤原清衡(ふじわらのきよひら)だ。
この清衡を当代きっての人気者、片岡愛之助が演じる舞台「炎立つ」を東京・渋谷で見た。V6で活躍する三宅健(けん)、さらに平幹二朗(ひら・みきじろう)、益岡徹といった実力派が並び立つ舞台とあって、客席はいっぱいだった。
清衡は現代において、それほど知名度はない。それでも観客が次第に舞台に引き込まれていくのが分かった。古代東北に豊かな国を作ろうと苦悩する清衡と周囲の人々が骨太に描かれ、ひしひしと伝わってきたからだ。
「陸奥(みちのく)」という言葉は「道の奥」、つまり都から著しく遠い地を意味する言葉からきたとされる。都の住人は、東北を未知なる場所と見なしていたのだろう。舞台でも東北の地はさまざまな犠牲を強いられていた。それなのに、その地で不戦の「楽土」を築こうというのだから、清衡を応援したくなる。
仕事で東北に2年間、暮らしたことがある。歴史にまつわる場所を取材すると、「歴史は勝者が作るというけど、本当にそうですよ」と話してくれた地元の人がいた。
古代、朝廷は東北に暮らす人々を「蝦夷(えみし)」と呼び、しばしば反乱鎮圧の名目で征討隊を送っている。征夷大将軍、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の蝦夷征討は学校でも習った覚えがあり、よく知られている。しかし東北からみれば、平安に暮らしているところを乱され、やむなく戦わざるを得なかっただけかもしれない。そして、勝者である都から見た歴史が後世に語り継がれる。
舞台「炎立つ」は古代東北の都であった多賀城で始まる。仙台に近い多賀城市内にある多賀城跡は東北赴任時のお気に入りの場所で、数回訪れた。
少し高い城跡に腰を下ろし仙台平野を眺めていると一瞬、今がいつでどこか分からなくなる。東北は犠牲を強いられても強くて、でかい。古代からの歴史がそうさせているのか、決して勝ち負けでは計れない奥深さが、そこにはある。(小川記代子/SANKEI EXPRESS)