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【ヤン・ヨンヒの一人映画祭】「ナチスとヨーロッパ」撮り続け
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映画「マルタのことづけ」(クラウディア・サント=リュス監督)。公開中(ビターズエンド提供) □映画「シャトーブリアンからの手紙」
映画史上もっともセンセーショナルな事件として今も語り継がれる名作「ブリキの太鼓」(1979年)の名匠、フォルカー・シュレンドルフ監督(75)の新作「シャトーブリアンからの手紙」がいよいよ日本で公開される。
「ブリキの太鼓」といえば、ナチス台頭時のポーランドを舞台に、3歳で肉体的成長を止めてしまった少年の目を通して描かれた寓話(ぐうわ)のようだった。大人たちのズルさ、卑猥(ひわい)さ、あさましさを暴力的なほどグロテスク&エロチックに描いた過激な作品は、観賞後の“不快感”さえも愉(たの)しめと言わんばかりの毒気に溢(あふ)れていた。スクリーンから人間の肌の艶(つやや)かしさや腐った魚の臭いが襲ってくるような錯覚にとらわれ、公開当時高校生だった私はトラウマになるほどの衝撃を受けた記憶がある。
その後も多くの名作を世に送ったシュレンドルフ監督の「シャトーブリアンからの手紙」は、「ドイツ人監督が、ドイツとフランスの混成スタッフとキャストで描いた、ナチス占領下におけるフランス市民銃殺事件」として注目されている。
物語は、フランス西部のナントという街で1人のドイツ人将校がフランス人の青年たちによって暗殺される事件から始まる。ヒトラーは即座にその報復としてフランス人150人の銃殺を要求する。フランス人でありながら占領軍指揮下で働くシャトーブリアン郡副知事と、占領軍協力者となったかつてのフランス共産党員によって「報復のリスト」が作成される。シャトーブリアン収容所からは27人が選ばれる。その中には収容所の中での最年少である17歳の青年ギィも含まれていた。収容所で恋心を育むオデットに走り書きの手紙を残し、ギィは他の政治犯たちとともに処刑場へ連行されていく。
ドイツの著名な作家であるエルンスト・ユンガー(1895~1998年)の回想録に着想を得て、シュレンドルフ監督が史実に基づき脚本を書き上げた。「ドイツ人の命は重い」「ナチスは歴史を知らないのか」「銃殺が暗殺を、暗殺がさらなる銃殺を生む」「命令の奴隷になるな、良心の声を聞きなさい」など、心に残るせりふが淡々と語られる。登場人物のほとんどが実在したとあって、ドイツ側、占領軍指揮下で働くフランス側、レジスタンス側など、キャラクター設定が綿密だ。アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)の暴走に違和感を覚えるドイツ人将校たちや、矛盾を抱えながら占領軍の命令に従うフランスの役人たちの葛藤が丁寧に描かれているのも興味深い。
全編にわたってシュレンドルフ監督の演出は控えめに見えるほど抑制されている。ともすれば物足りないと感じてしまうかもしれないが、そこは観客の想像力が試される部分であろう。戦争という状況のもと、生き延びるために軍の命令に従うという立場を選んだ人間と、従わなかったために死を突きつけられた人たちの、強烈な抑圧の中での物語なのである。
2012年、第62回ベルリン国際映画祭で本作が上映された時、ベルリンの観客はシュレンドルフ監督にスタンディングオベーションを送った。「ドイツとフランスの和解なくしてヨーロッパはない」と言い切る75歳の巨匠は、今も第二次世界大戦下の物語を撮り続けているという。歴史をひもとくとき、被害者としての主張をぶつけ合うばかりの東アジアの現状にウンザリしつつ、「映画人の端くれとしてお前も試されているんだぞ!」と活を入れられた思いである。10月25日から東京・シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。(映画監督 ヤン・ヨンヒ/SANKEI EXPRESS)
1941年10月20日、ナチス占領下のフランスでドイツ人将校が暗殺される。ヒトラーは報復として収容所のフランス人150人の銃殺を命令した。政治犯が多数収容されているシャトーブリアン郡のショワゼル収容所では、銃殺されるフランス人のリストが作られた。その中には、映画館でドイツ占領に反対するビラをまいたために収容された17歳の少年、ギィ・モケ(レオ=ポール・サルマン)も含まれていた。ギィは塀を隔てた女子収容所にいる同い年の少女、オデット・ネリス(ビクトワール・デュボワ)に恋をしていた…。