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及川光博「頑張れば夢ってかなう」 映画「仮面ライダー3号」で悲劇のヒーロー
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仮面ライダー3号を演じる及川光博さん=2015年3月2日、東京都中央区(寺河内美奈撮影) 「仮面ライダー」「スーパー戦隊」といった東映が誇る正義の特撮ヒーローたちが、夢の共演を果たす劇場版「スーパーヒーロー大戦」シリーズに、新キャラクターが加わることになった。その名は「仮面ライダー3号」。映画のタイトルも「スーパーヒーロー大戦GP 仮面ライダー3号」と銘打たれた。だが、ちょっと待ってほしい。「仮面ライダー」シリーズといえば、仮面ライダー1号(藤岡弘)、2号(佐々木剛)に続き、3番目はV3(宮内洋)ではなかったか?
東映の担当者によれば、V3のテレビ放映(1973~74年)がスタートする半年ほど前、原作者の石ノ森章太郎(1938~98年)が「別冊たのしい幼稚園」(1972年)に掲載された原作漫画に「仮面ライダー3号」を登場させていたという。石ノ森自身も3号をとっておきの企画として温めていたとされ、3号はいわば幻の仮面ライダーだったのだ。
3号こと黒井響一郎を演じるのは、ミュージシャンとしても活躍する及川光博(45)で、この映画の主題歌も担当している。V3の「大ファン」と公言する及川は「お話をいただいたとき、コツコツと仕事を頑張っていれば良いこともあるんだ、夢ってかなうんだな、と思いました。実は20歳のころ、仮面ライダーの主演オーディションを受けたんです。このときにもし合格していれば、僕の役者人生もまた違ったものになっていたのかもしれませんね」と声を弾ませ、感慨深げだ。
1973年、1号と2号は世界各地に支部を持つ国際犯罪組織「ショッカー」が開発した3号に抹殺されてしまい、2015年の世界はショッカー統治下にあった。車を乗りこなす初の仮面ライダーとして期待された「仮面ライダードライブ」の泊進ノ介(竹内涼真)はあっけなくショッカーの一員に…。だが、正義の気持ちを忘れない「仮面ライダーBLACK」(倉田てつを)を見ているうちに、少しずつ気持ちに変化が生まれる。そんなある日、黒井(及川)が泊の前に現れ…。
おおむね20代の若手俳優たちで占める平成ライダーに交じり、40代も半ばを迎えた昭和ライダーの及川はどんな思いで撮影に臨んだのだろう。
「撮影現場では若手の彼らも先輩です。不慣れな僕は彼らに質問したり、アドバイスをもらったりしていましたね。僕と親子ほど年が離れている竹内君や(仮面ライダーマッハの)稲葉友君とは待ち時間によくおしゃべりをしました。逆に彼らからは、芸能界で生きていく上での不安や、俳優としての今後の方向性などについて相談を受けましたよ」。仮面ライダーたちも本当の素顔に戻ればいろいろと悩みはあるわけで、及川はコミュニケーションの場として大いに楽しんだそうだ。
及川が胸に抱くあるべきヒーロー像は、やはり大好きな石ノ森が生み出した正義のキャラクター群だった。
「自己犠牲の精神を持った孤独な人物。そもそも仮面ライダーは改造人間になりたくてなったわけではないですからね。それは怪物ロボットと戦う『人造人間キカイダー』(72~73年、現テレビ朝日)もそうだし、親友を殺害され復讐の旅を続ける『快傑ズバット』(77年、テレビ東京)もそうです」。
だからこそ、及川は黒井の演技でしっかりと彼の心情を体現することに力を注いだ。「黒井はショッカーに改造された人間。1号、2号と同様、悲劇のヒーローだという空気感、哀愁や孤独というものを背負って戦う男であろうと思って、僕は演じました」
実は、俳優・及川のアイデンティティーは、V3、「秘密戦隊ゴレンジャー」(75~77年、現テレビ朝日)のアオレンジャー、快傑ズバット…と、さまざまなヒーローを演じた宮内の“怪演”によって構築されたものだったという。
「宮内さんは俳優となった僕のスタート地点であり、ルーツですよね。クールで、ニヒルで、あるいはキザなところに、僕は憧れて今に至っています。熱血漢というよりも、ニヒルかな。特に『快傑ズバット』の主人公・早川健が印象的です。ギャグではないかと思ってしまうくらい、早川はいちいちクールな表情を決めますからね」。3月21日、全国公開。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:寺河内美奈/SANKEI EXPRESS)