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ロシア サケ・マス流し網漁禁止 水揚げ拠点 北海道・根室に危機感

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ロシア サケ・マス流し網漁禁止 水揚げ拠点 北海道・根室に危機感

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北海道根室市の花咲港から一斉に出漁する、今年のサケ・マス流し網漁の小型漁船=2015年6月(共同)  ロシアの排他的経済水域(EEZ)で、日露漁船が操業するサケ・マスの流し網漁を来年1月から全面的に禁止する改正法がロシアで成立し、戦前から100年以上続いてきた北洋サケ・マス漁の伝統の灯が消える。国内市場への影響は限定的とされるが、戦後70年を迎えても北方領土問題は未解決で、狭まる一方の漁場に出漁・水揚げ拠点の北海道根室市では危機感が広がる。

 町の存亡に関わる

 「操業禁止は地元経済や北海道経済に大きな影響を与え、強い危機感を持っている」。北海道の荒川裕生(ひろき)副知事は2日、農林水産省を訪れ、こう強調した。同席した根室市の長谷川俊輔市長も「町の存亡に関わる問題だ」と述べ、地元漁業者などへの支援を要請した。

 根室市の試算によると、禁漁による損失額は北海道東部だけで約251億円に上り、うち根室市は8割を占める。約251億円の内訳は漁業・水産加工業が約158億6800万円と最も多く、運輸業が20億4000万円、船舶資材業が約10億2800万円。石油販売、造船・機械鉄工業はともに8億円を超え、食品小売業等も約2億4000万円と影響は広範囲にわたる。

 ピークの1.6%

 北洋漁業の歴史は漁場制限の歴史でもある。根室市や水産庁によると、北洋漁業の起源は諸説あるが、江戸時代の千島列島沖の漁業にさかのぼる。本格的な日本漁船の進出の契機となったのは、日露戦争後の1907年に締結された日露漁業協約。当時の帝政ロシアがオホーツク海やベーリング海での日本人の漁業権を認めた。

 太平洋戦争後は北方領土やサハリン周辺の漁場を失ったが、別海域での操業に活路を見いだした。しかし、77年にソ連や米国が200カイリ漁業専管水域を設定。92年には日本、ロシア、米国、カナダの4カ国が公海でのサケ・マス沖取り漁業全面禁止条約に調印し、翌年に発効。漁場は狭まり続けた。漁獲割当量も63年がピークの12万トンで、今年はその約1.6%のわずか1961.75トンと激減している。

 代わる漁がない

 今年が最後となる可能性が高いロシア海域での流し網漁は、85年の日ソ漁業協力協定に基づき、日露政府が漁獲枠など操業条件を協議した上で行われてきた。日ソ漁業協力協定に漁法の規定はなく、ロシアは今回の法改正で流し網漁以外の漁法は禁止していない。しかし、はえ縄漁など他の漁法では採算が取れないのが実情だ。

 今年の流し網漁は6月27日に解禁され、2日現在、19隻が操業中。小型船団体「道鮭連」の宮崎久専務理事は「ようやく出漁できたのに水を差された。漁が終われば辞める人が出てきかねず、苦悩の日々だ。何かサケ・マスに代わる漁があればいいが」と頭を抱えている。(SANKEI EXPRESS

 ■北洋サケ・マス漁 北海道東部の流し網漁船を中心に戦前から続く。ロシアのEEZである200カイリ内での操業は1985年の日ソ漁業協力協定に基づき実施されてきた。操業条件は毎年の政府間交渉で決まる。交渉が長引いた今年は解禁日が遅れ、漁期は昨年の半分の1カ月で、漁獲割当量は約7割減の1961.75トン。入漁料は約6億円。

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