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政治
【佐藤優の地球を斬る】「米か露か」 プーチン氏が迫る踏み絵
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首都モスクワのクレムリンでミーティングに臨むウラジーミル・プーチン露大統領。訪日の条件として、日本に踏み絵を突き付けた=2015年5月19日、ロシア(AP) 21日、安倍晋三首相は来日中のロシアのナルイシキン国家院(下院)議長と東京都内のホテルで会見した。ナルイシキン議長は、プーチン露大統領の側近である。
<菅義偉(すが・よしひで)官房長官は21日の記者会見で、首相がナルイシキン氏からプーチン大統領のメッセージを口頭で受け取ったことを明らかにした。ただ会談の内容を含めて詳細の説明は避けた。
菅氏は、日本政府が目指すプーチン氏の年内の来日に関して「やりとりしていない」と述べたが、ナルイシキン氏はプーチン氏の来日実現に向け、ウクライナ問題に伴う対露制裁の解除を求めた可能性がある>(5月21日「産経ニュース」)
米国のオバマ政権は、日本の対露政策が生ぬるいといらだっている。このような状況で、安倍首相がナルイシキン議長と会うことには、かなりのリスクがある。外務省は強く反対したはずだ。この会談は政治主導で行われたと筆者は見ている。
<プーチン氏の側近とされるナルイシキン氏は都内で開かれた「日本・ロシアフォーラム」での講演などで、プーチン氏の来日について「実現にはパートナー(の日本)の支援が必要だ。ボールは日本側にある」と述べた。
対露制裁については「一方的で不法なものだ。続ければ続けるほど日露関係に与える損害は大きくなる。このような政策は終わりにすべきだ」と語り、日本側に解除への決断を促した>(5月21日「産経ニュース」)
ナルイシキン議長は、プーチン大統領訪日の条件を「直球」で日本に投げてきた。すなわち、日本がウクライナ問題をめぐってG7と共同歩調を取って行っている対露制裁を解除することが、プーチン訪日が年内に実現するための条件なのである。これに対して、日本側はどのような対応をしているのであろうか。
<首相は21日、日本・ロシアフォーラムにメッセージを寄せ、「戦後70年を経ていまだ実現していない北方領土問題の解決と平和条約の締結は、私が最も重視する課題だ。対話を重ねながら、条約締結交渉に粘り強く取り組む」と決意を表明した。
岸田文雄外相もメッセージで、自身の訪露について「全体の状況を見つつ、検討していきたい。そのための環境が早期に整うことを願う」と述べた>(5月21日「産経ニュース」)
安倍首相や岸田外相は、日本はG7との共同歩調を取り、ウクライナ問題をめぐってロシアに制裁を科しつつ、同時に良好な関係を維持しようとしている。日本が実質的な対露制裁を行っていないこともあり、これまでロシアは日本の曖昧戦術を受け入れていた。しかし、ナルイシキン議長の訪日で、ロシアは立場の変更を明確にした。わかりやすく言うと、ロシアは「われわれとアメリカのどちらを選ぶのかはっきりしろ。それによって、プーチン政権の対日政策は変化する」という踏み絵を突きつけているのだ。
日米同盟を重視する安倍政権が、対露制裁を解除することは考えがたい。他方、ロシアに「日本としてはアメリカを選びます」とストレートに告げるわけにもいかない。そうなると現在の曖昧戦術を継続することになる。
このような煮え切らない日本の態度にロシアはいらだちを強め、北方四島とのビザなし交流の中止、モスクワの日本大使館員に対する圧力(個人スキャンダルの暴露を含む)、北方四島周辺での日本漁船に対する取り締まりを強化していく。北方四島周辺での安全操業協定を、日本漁船の多発する違反を口実に破棄してくるかもしれない。いずれにせよ今後、数カ月で日露関係は急速に悪化する。プーチン大統領の公式訪日にふさわしい環境は整わないと筆者は見ている。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)