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【佐藤優の地球を斬る】金正恩氏の訪露中止、米が水面下で要請か
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幼児向け施設を視察する金正恩第1書記(中央)。朝鮮中央通信が公開した=北朝鮮(ロイター) ロシアの対北朝鮮外交が頓挫した。5月9日にモスクワで行われる対独戦勝70周年式典への北朝鮮の金正恩国防委員会第一委員長(朝鮮労働党第1書記)の出席が取りやめになったからだ。
<ロシアのペスコフ大統領報道官は(4月)30日、5月9日にモスクワで予定される対ドイツ戦勝70周年式典に北朝鮮の金正恩第1書記が出席せず、近く訪露する見通しもないことを明らかにした。北朝鮮は外交ルートを通じて金第1書記の意向を伝えてきたといい、報道官は「(先方の)国内事情に関係した決定だ」と語った。
露主要メディアによると、報道官は露朝首脳が接触する機会についても「当面はない」と発言。外国から金第1書記を式典に出席させないよう要請を受けた事実も「ない」と述べた。別の露高官は最近、金第1書記が式典への招待を受け入れる意向を確認したとし、露朝首脳会談の準備を進めていると語っていた>(4月30日「産経ニュース」)
これは大きな出来事だ。なぜなら、4月22日の時点でロシアのウシャコフ大統領補佐官(外交担当)が、<北朝鮮の金正恩第1書記がモスクワで5月9日に予定される対ドイツ戦勝70周年の式典に出席する意向を確認したと述べた>(4月22日「産経ニュース」)からである。
金第1書記がモスクワを訪問したならば、プーチン露大統領との会談が必ず実現した。プーチン大統領が金第1書記に恥をかかせるような状況は作らない。ウシャコフ大統領補佐官が金第1書記のモスクワ訪問をマスメディアに発表するということは、両国の外務省で訪問の準備について合意ができていたということだ。この場合、準備には首脳会談で発表される合意文書も含まれる。金第1書記としては、国際舞台にデビューする重要な機会であった。それをなぜ、直前になってキャンセルしたのであろうか。
4月30日の記者会見で、金第1書記の訪露中止の理由をペスコフ大統領報道官は、「(先方の)国内事情に関係した決定だ」と述べた。ロシアは金第1書記の訪露を望んでいるが、北朝鮮が断ってきたという意味だ。従って、首脳会談による朝露合意文書の内容がまとまらずに、金第1書記の訪露を北朝鮮がキャンセルしたということではない。
「国内事情に関係した決定」という場合、金第1書記の健康問題、あるいは政権中枢で権力闘争が起きており、金第1書記が国を離れることができないという可能性が考えられる。しかし、金第1書記については、精力的に国内視察を行っている様子が報道されているので、外遊できないほど深刻な健康問題を抱えているとは思えない。また、北朝鮮の権力中枢で、深刻な闘争が行われているという兆候も観察されない。
それならば、第三国から北朝鮮に対して、訪露を中止した方がいいという働きかけがなされ、北朝鮮がそれに応じたと考えるのが合理的だ。その場合でも、北朝鮮が国家意思を変更したのであるから、「国内事情に関係した決定」と発表することが可能だ。
現在、対露包囲網の結成に腐心しているのが米国だ。北朝鮮は、中国から距離を置き、ロシアに接近しようとしている。北朝鮮の目的は、エネルギーと武器をロシアから得ることだ。米国としては、北朝鮮がロシアと接近することは好ましくないと考えている。このような状況下で、米国が水面下で北朝鮮に金第1書記訪露の中止を要請した場合、それに対する見返りが担保されるならば、北朝鮮がロシアと距離を置く選択を取ることは十分考えられる。なぜなら、金第1書記体制を維持するために、米国から「金王朝を解体しない」という保証を取りつけることが、北朝鮮外交の最優先課題だからだ。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)