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タリバンの後継指導者、マンスール師とは?

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タリバンの後継指導者、マンスール師とは?

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 その後、97年にも北部マザリシャリフの空港で、敵対勢力の攻撃を受け、負傷したこともある。

 旧ソ連軍は89年に完全撤退し、92年に親ソ・ナジブラ共産政権が崩壊すると、アフガンは泥沼の内戦の道を進んでいく。このとき、マンスール師はいったん武器を置き、94年にイスラム神学生集団のタリバンが登場すると、96年にタリバン政権の航空観光相となった。

 タリバンは国際テロ組織アルカーイダの最高指導者、ウサマ・ビンラーディン(2011年に米軍の軍事作戦により、パキスタンで死亡)をかくまったため、国際社会の制裁を受け、孤立を深めていった。偶像崇拝がイスラムの教えに反するとして、中部バーミヤンの巨大石仏を爆破し、非難を浴びたこともある。

 オマル師の死を2年隠蔽

 01年に米中枢同時テロが起きると、米ブッシュ政権はタリバンに首謀者のビンラーディンの引き渡しを求めたが、タリバンは拒否し、この年の10月、米軍のアフガン攻撃が始まった。マンスール師は、再び聖戦に参加したといい、政権は崩壊したものの、10年にタリバンの副指導者となった。

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