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ネパール地震2カ月 テント暮らし今も

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ネパール地震2カ月 テント暮らし今も

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6月24日、首都カトマンズ市内バクタプールにある世界遺産のダルバール広場。建物は壊れ、立ち入り禁止の看板が並ぶ=2015年、ネパール(岩田智雄撮影)  【国際情勢分析】

 大地震に見舞われたネパールの復旧と復興と協議する「ネパール復興に関する国際会議」が25日、首都カトマンズで開かれた。主催国のネパールの呼びかけで日本やインド、中国、世界銀行、アジア開発銀行(ADB)など約60カ国・機関が参加。日本からは城内実(きうち・みのる)外務副大臣(50)が出席し、各国がネパールに対する当面の支援策を発表した。大地震発生から2カ月となり、支援の道筋が見えてきたものの、多くの市民は今も不自由なテント暮らしを続け、厳しい生活を強いられている。

 復興支援に日本320億円

 会議は、日本も共催国となり、会議費用の一部を負担した。学校、住宅の再建をはじめ、郡庁舎や病院、道路などの公共インフラの整備のため、当面2億6000万ドル(約320億円)を支援すると表明した。ネパール政府は復興に約67億ドルが必要と試算している。

 城内氏は会議に先立ち、24日にネパールのスシル・コイララ首相(77)らと会談した。城内氏は記者団に、コイララ氏からこれまでの日本の支援に謝意が示され、今後の支援についても大きな期待が表明されたと明らかにした。

 国際協力機構(JICA)は、災害に強い住宅の再建を支援するため、カトマンズ市内のトリブバン大学で、耐震モデル住宅施工についての展示を行っている。簡易で安価な工法を用い、公共支援のテントシェルターなどの資材を活用して、石積み住宅を建設することを提案している。

 ただ、ネパールでは大地震で、簡素な住宅だけでなく、建築基準法を順守せずに建設されたビルが多数崩壊した。法律を運用する制度が十分整備されていないことなどが原因とされる。城内氏と展示会場を訪れたJICAの田中明彦理事長(60)は、記者団に「建築基準をちゃんとしていただくことが大事だ」と述べた。

 姿消した外国人観光客

 一方、ネパール政府は今月15日、カトマンズ一帯の国連教育科学文化機関(ユネスコ)に登録されている世界遺産の大部分で観光客の受け入れを再開し、市民の生活を支える大きな柱である観光業の復興を目指している。

 しかし、7カ所の寺院や史跡の修復は、倒壊を免れた一部の建物を柱で支えるなどの応急処置がとられているだけだ。傾いた建物の近くには立ち入り禁止の看板が立てられ、外国人観光客の姿はほとんどみられない。

 カトマンズ市内バサンタプールにある世界遺産の一つ、ダルバール広場(王宮広場)で喫茶店を営む女性、クスブ・トリタルさん(33)は「大地震前に1日2000ルピー(約2400円)あった稼ぎは、今は4分の1以下だ。これで子供を育てるのは大変だ」と話す。

 雑貨店で働く女性のデブマヤ・ギリさん(55)は「今もテント生活が続いている。政府の復興への取り組みは、まったくなっていない」と怒りをあらわにした。

 仕事求め国外脱出相次ぐ

 ネパールでは、大地震後、雨期が訪れており、テント生活者にはつらい日々が続く。親類をたよって地方からカトマンズにやってきた女性、ルクマヤ・ドデルさん(46)は、その親類の家も余震で倒壊したためテントで暮らしており「雨の中、テントが風で飛ばされないよう、手でつかみながら生活している。ひどい暮らしだ」と訴えた。

 大地震の精神的ショックから立ち直れない人も少なくない。男子学生のナビン・バタライさん(25)は「悪夢を見るので夜はよく眠れない。録画した映画を見て過ごそうとしても物語に集中できない」という。

 多くのビルが倒壊したカトマンズ市内グンガブ地区。地方へ向かうバスターミナルに近く、多数の商店や宿泊施設があるが、客足は遠のいたままだ。商店主の男性、オムクマール・ゴータンさん(24)は「稼ぎは3分の1になった。中東かマレーシアに出稼ぎに行こうと思っている」と話した。ネパールでは、仕事を求め国外へ脱出する人が相次いでおり、こうした動きは今後も続きそうだ。(カトマンズ 岩田智雄(いわた・ともお)、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■ネパール大地震 4月25日、ネパール中部を震源とするマグニチュード(M)7.8の大地震が発生。その後も大きな余震が続き、近隣国を含め8900人以上が死亡した。ネパールでは、約51万棟が全壊。日本はこれまでに、国際緊急援助隊・救助チームや医療チーム、自衛隊の医療援助隊を派遣した。緊急援助物資を提供するとともに、1400万ドル(約17億3000万円)の緊急無償資金協力を行っている。

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