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【ネパール大地震】助け合う住民 後手の政府横目に

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【ネパール大地震】助け合う住民 後手の政府横目に

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首都カトマンズの中心部の公園で、救援物資を受け取るため長い列を作るテント暮らしの被災者=2015年5月1日、ネパール(早坂洋祐撮影)  ヒマラヤ山脈を望むネパールで約80年ぶりに発生した大地震。古い伝統住宅が次々と倒れ、内戦後の長い政治の混乱で疲弊した社会インフラを直撃した。犠牲者1万人との見方もある。被災者救援に手をこまねく政府を横目に、住民は助け合い、略奪・暴力などは目立たない。だが、雨期が近づき、被災地には苦難が待ち受けている。

 横揺れに弱い構造

 インドとチベットの中継地として栄えた首都カトマンズ。中心部ダルバール広場はヒンズー教の荘厳な寺院が立ち並び「神々の街」とも称されたが、4月25日のマグニチュード(M)7.8の揺れは木組みとれんがの寺院や家屋を粉々にした。

 「古い建物が残っている街なので、地震でも倒壊しないと信じ切っていた」と自営業のシュヤム・パンタさん(34)は悔やむ。家屋倒壊による被害は深刻だ。当局によると、1日までに全国の約30万戸が全半壊、がれきに埋まり、多くの犠牲者を出した。4月28日に入った日本の国際緊急援助隊による捜索も難航した。

 ネパールで数々の工事に携わったカトマンズ在住の土木専門家、石黒久さん(69)は「日本と異なり、木の柱の間に重いれんがが入り、横揺れに弱い構造だ」と指摘する。建築業、ドルバ・タパさん(56)は「新しくても地盤の弱い場所に建てられたビルがある」。耐震設計も不十分だった。

 「この食料も水もみんなインドの援助。政府は何もしてくれない」。数千人がテント避難を続けるカトマンズの広場。15人家族を率いる自営業のパダム・チョウラギンさん(41)は大声を上げた。カトマンズの住民は建物の倒壊を恐れ、ほとんどの空き地が避難所に変わった。水や電力、食料は極度に不足し、政府支援が行き届かず45万人もが地方に逃げ出す異例の事態となった。

 背景にあるのは政治の混乱だ。ネパールは2006年の内戦終結を経て立憲君主制の廃止を決めたが、新憲法制定に失敗し政党の対立が続く。「憲法がない状態では、投資誘致も難しい」と外交筋。

 豊かさを示す国連の指数でネパールは187カ国中145位(14年版)。地震以前から計画停電や断水は日常的で、地元ガイドは「政治が安定していれば、水道や発電所がより整備され、地震でも、ここまでインフラ不足にならなかったのではないか」と話す。

 「自分たちで何とかする」

 「政府の代わりに、自分たちで何とかする」とカトマンズの給水車オーナー、ラドハ・グニさん(38)は話す。地下水をくみ上げ、浄化して水不足の地域に無料で配る。ポリタンクを抱えた数十人の行列にはヒンズー教徒やイスラム教徒、東アジア系、インド系の人々…。宗教も顔つきも違うが「助け合いがわれわれの文化」と行列の男性。物価が2~3倍に上がったものの首都の生活は穏やかに回復しつつある。

 一方、ネパールの人口約2800万人の大半が居住する地方の被害の規模は不明なままだ。

 北東部シンドパルチョークや震源地の中部ゴルカなどでは遺体収容もままならない上、こうした貧しい山間地域は、6~9月、豪雨を伴うモンスーン期を迎える。衛星画像を分析した米ミシガン大の研究者は「数万カ所で土砂崩れ、地滑りの恐れがある」と警告している。(共同/SANKEI EXPRESS

 ≪5日ぶり女性救出≫

 ネパールの救助隊などは4月30日、25日の大地震発生から5日ぶりに、首都カトマンズの倒壊した建物のがれきから、24歳の女性、クリシュナ・カドカさんを救出した。警察当局が1日、発表した。

 カドカさんはけがをしているが、命に別条はないという。救出される約5時間前、ほぼ同じ場所で15歳の少年も助け出されている。被災者の生存率が著しく下がるとされる発生後72時間は既に経過しており、2人とも奇跡の救出となった。

 一方、日本から派遣された自衛隊の医療援助隊が1日、カトマンズ中心部の野外避難所で体調不良を訴えた住民らの診察を開始した。

 陸上自衛隊医官の竹島幹雄2佐ら4人が出向いたのは、ネパール軍のグラウンドで約2500人が天幕を張って過ごす避難所。食料や水の配給を受けていた住民に、医療支援が来ていることが告げられると、あっという間に数十人が列をつくった。中川博英隊長は「医療に対する需要は大きいと感じた」と話した。(共同/SANKEI EXPRESS

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