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【底流】NISA獲得あの手この手 「貯蓄から投資」浸透なるか
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カブドットコム証券の「移動営業所」。NISA導入を控え、PRも兼ねて最新機器を搭載した専用車両を都内各地に走行させている 年100万円までの株式などへの投資に対し、売却益や配当への課税が免除される少額投資非課税制度(NISA)が、年明けに始まる。証券各社の口座獲得に向けた競争は激しいが、システムなどに初期投資がかかる反面、投資額が「少額」だけに大きな収益には直結しないとの指摘もある。限られたパイを奪い合う競争に陥ることなく、業界の悲願である「貯蓄から投資へ」を実現し、市場拡大につなげられるかは未知数だ。各社の取り組みの質が問われる。
「10万4000件」。日本証券業協会の稲野和利会長が明らかにした、10月1日時点のNISAの重複申請件数だ。NISA口座は証券会社や銀行など、すべての金融機関を通して1つしか開設できない。しかし、それを知らない個人投資家が、複数の金融機関で口座開設を申し込むケースが相次いだのだ。
非課税措置を伴う制度だけに、口座開設には税務当局による確認通知が必要となる。重複の場合は申請日が早かった方の金融機関で開設される。10月1日の確認申請解禁に伴い、各社が一斉に当局に申し入れたことから、重複件数は一気に膨らんだ。
重複申請問題は、NISA口座の獲得競争の激しさを物語る。稲野会長は「印象として非常に多い。一人1口座の周知を徹底していく必要がある」と話す。
株式や投資信託の販売で各社はこれまで、自社が強みとしてきたサービスを、改めて前面に打ち出した。
SMBC日興証券は「キンカブ」という独自商品を活用する。株式はそれぞれの銘柄で最低売買単位が決まっており、例えばトヨタ自動車なら単位は100株で「株価×100」の倍数の金額で買う形となる。NISAの対象となる年100万円を過不足なく使うのは困難だ。
キンカブでは同社と投資家との相対取引を活用することで、同社が定める銘柄は金額や株数を指定して購入できる。従来インターネット取引のみのサービスだったが、年明けからは営業店舗でも取り扱いを始める。「丁寧に説明し、NISAで活用していただく」(リテール事業推進部の中田太治部長)のが狙いだ。
一方、野村証券が注力するのは「るいとう」だ。先月下旬には、全国紙と地方紙を合わせて50紙の朝刊に全面広告などでキャンペーンを告知した。掲載紙の部数を合わせると4千万部に達したという。
るいとうは累積投資の略。投信などを毎月同額買う設定をすることで、時間の分散効果が出せるという。値動きのある金融資産を買う場合、一気に投資すれば「高値づかみ」の懸念があるが、少額を積み立てることでこれを回避する狙いだ。
野村の山本泰正商品企画部長は「NISAで投資を始めた初心者の方に『やらなければよかった』と後悔させることだけは避けたい」と強調した。
このほか、口座開設者に2000円をプレゼントするキャンペーンは、野村など複数の社が導入しており、各社の先行投資が膨らむ。野村は10月末の決算発表段階で、システム投資を含めて50億円の費用が発生すると表明した。大和証券グループ本社も同じ時点で、システムとキャンペーンで20億円のコストがかかると明らかにした。
しかし、年100万円以下という投資規模の小ささに加え、手数料の優遇なども行っており、NISAによる証券各社の増収効果は当面、限定的だ。それでも各社が初期投資を惜しまないのは、NISAがこれまで掛け声倒れに終わっていた「貯蓄から投資へ」を実現するまたとない好機とみているからだ。
証券関係者がNISAを語るとき、引き合いに出されるのが日銀の「資金循環統計」だ。日本では個人金融資産の大部分が預貯金に偏っているが、逆に、「未開拓の大きな市場が広がっている」(関係者)とも言える。各社は裕福な個人投資家の高齢化が進むことにも危機感を抱いている。NISAを機に若い世代を投資に呼び込もうと懸命だ。
各社の競争がサービスを競い、顧客に「成功体験の積み重ね」(大和の日比野隆司社長)を提供できれば、投資家層を拡大できる可能性がある。日本取引所グループの斉藤惇最高経営責任者(CEO)は「NISAを大事に育てていかなければならない」と期待を寄せている。(高橋寛次)