「ハドリアヌス帝は、本は人生の進むべき道を示してくれたと言い、『図書館を設立するのは、万人のための穀物倉庫をつくるようなものだ』と語った」と「彼」との対話で、図書館の構想が生まれたことを示唆する。
クチネッリ氏はおよそ2千年前の「彼」と頻繁に話し合っているのだ。そうした対話をより深く導いてくれるのが友人の建築家、デ・ヴィーコ氏である。
図書館は1700年代の貴族の館を改修する。ソロメオの劇場近くにある広大な敷地内にある。この場所は思索にふけながら散策ができる公園になる。オーナーが高齢で「もう売りたい」との物件をクチネッリ氏の家族財団が購入した。オーナーは図書館になることに涙を流して喜んだという。
劇場の敷地もそうだったが、財団は世代交代を迫られる土地や建物を「引き取り」、これから何世紀にもわたってコミュニティにとって資産となるようあり方に作り変えていく。図書館は、言うまでもなくデ・ヴィーコ氏が設計をする。誰か流行の建築家に頼む理由がない。
企業の業績は良い時も悪い時もある。波がある。今回の財団の投資も「それなりに重荷だ」(クチネッリ氏)。
だが心ある人の意思が続けば、風景と文化は生き続ける。なにも何世紀もの後も地元の名士として崇めて欲しいのではない。人間らしさを追求するコミュニティが、世界に通じる「人間の尊厳を示す」モデルとなると思っているに違いない。
「人間らしさの人類史」の一ページに貢献する。これがクチネッリ氏の「時代の見張り番」としての役割だ。
因みに、ミラノでのプレス発表の3日後、10月31日、ローマにおいて開催されたG20のサイドイベントにクチネッリ氏がドラギ首相より招待され、各国首脳の前で人間的資本主義についてスピーチをした。英国のチャールズ皇太子も参加していたカンファレンスだ。今後、彼の発言がますます注目され引用されていくだろう。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。